なるほどー点心かぁ♪
投稿者: maeenntotyau 投稿日時: 2009/07/16 07:42 投稿番号: [57177 / 63339]
点心
僧堂の家常飯(かじょうはん…平常の食事)は、麦めしに臭い万年漬、そして一食だけに添えられる味噌汁だけである。それなのに、多くの雲水は血色もいいし、まるまると太っているのは不思議であり奇妙でもある。その秘密、それは点心である。
点心といえば中国ではお菓子のことである。本来の意味は「ちょっとした腹ごしらえ」とか、「おやつ」というていどの意味であるが、雲水がいうところの点心はその内容を大いに異にしている。胃袋からノドまでつめ込み、ふだんの栄養不足を補い、満腹感と充実感に莞爾(かんじ)とするのが点心風景である。見ようによっては「お斎にあった餓鬼みたい」という言葉のそれである。
施主家の玄関で帰り仕度の草鞋(わらじ)の紐を結ぶのに、腹がいっぱいで苦しかった覚えがあるのも私ひとりではないだろう。
秋点心(あきてんじん) むかし話の 食太し
(日多義恭句集『無眼子』より)
粗食の雲水生活で栄養失調にもならず修行できたのは、点心さきと呼ばれる篤信の人びとの供養の外護(げご)のおかげにほかならない。
このように修行者のために喜んで供養して下さる多くの信者さきが僧堂にはある。点心はあらかじめお願いしておき、多くの場合は托鉢(たくはつ)後に三、四人が出向いて頂戴する。施主家のお仏壇に向かって、まずねんごろな読経回向をしてから別室の膳に向かう。ここでも僧堂での斎座(さいざ…中食)同様、食前の経が唱、えられ、生飯(さば)と称して七粒ほどの飯を右手の母指と中指のさきでつまみ、左手の掌の上で空じて、鬼神、餓鬼に供える。たいせつな禅家の食事作法である。
出されたご馳走は一物も残さないのはもちろん、皿、小鉢まできれいに湯茶ですすぎ、舐めたみたいにきれいにして、おのおのに積み重ね、食後の偈を誦む。さわやかな点心風景は「サッパリして夕立と禅坊さんの点心あとみたい」などと評されている。
点心にまつわる先徳、古人の話題も少なくない。
点心を求めた徳山和尚に、茶店の婆子(ばす)は、
「お経では、過去心不可得、現在心も不可得、未来心もまた不可得というが、ご坊はどの心に点ずるのか」
と切り込んでいる。荒馬をみごとに御してきたさすがの徳山も、思いもかけぬ伏兵にあった。茶店の前で老いた驢馬(ろば)に蹴飛ばされたみたいで、点心どころではなかったであろう。
ttp://www.zenbunka.or.jp/03_magazine/katatumuri/databox/kata018.htm
僧堂の家常飯(かじょうはん…平常の食事)は、麦めしに臭い万年漬、そして一食だけに添えられる味噌汁だけである。それなのに、多くの雲水は血色もいいし、まるまると太っているのは不思議であり奇妙でもある。その秘密、それは点心である。
点心といえば中国ではお菓子のことである。本来の意味は「ちょっとした腹ごしらえ」とか、「おやつ」というていどの意味であるが、雲水がいうところの点心はその内容を大いに異にしている。胃袋からノドまでつめ込み、ふだんの栄養不足を補い、満腹感と充実感に莞爾(かんじ)とするのが点心風景である。見ようによっては「お斎にあった餓鬼みたい」という言葉のそれである。
施主家の玄関で帰り仕度の草鞋(わらじ)の紐を結ぶのに、腹がいっぱいで苦しかった覚えがあるのも私ひとりではないだろう。
秋点心(あきてんじん) むかし話の 食太し
(日多義恭句集『無眼子』より)
粗食の雲水生活で栄養失調にもならず修行できたのは、点心さきと呼ばれる篤信の人びとの供養の外護(げご)のおかげにほかならない。
このように修行者のために喜んで供養して下さる多くの信者さきが僧堂にはある。点心はあらかじめお願いしておき、多くの場合は托鉢(たくはつ)後に三、四人が出向いて頂戴する。施主家のお仏壇に向かって、まずねんごろな読経回向をしてから別室の膳に向かう。ここでも僧堂での斎座(さいざ…中食)同様、食前の経が唱、えられ、生飯(さば)と称して七粒ほどの飯を右手の母指と中指のさきでつまみ、左手の掌の上で空じて、鬼神、餓鬼に供える。たいせつな禅家の食事作法である。
出されたご馳走は一物も残さないのはもちろん、皿、小鉢まできれいに湯茶ですすぎ、舐めたみたいにきれいにして、おのおのに積み重ね、食後の偈を誦む。さわやかな点心風景は「サッパリして夕立と禅坊さんの点心あとみたい」などと評されている。
点心にまつわる先徳、古人の話題も少なくない。
点心を求めた徳山和尚に、茶店の婆子(ばす)は、
「お経では、過去心不可得、現在心も不可得、未来心もまた不可得というが、ご坊はどの心に点ずるのか」
と切り込んでいる。荒馬をみごとに御してきたさすがの徳山も、思いもかけぬ伏兵にあった。茶店の前で老いた驢馬(ろば)に蹴飛ばされたみたいで、点心どころではなかったであろう。
ttp://www.zenbunka.or.jp/03_magazine/katatumuri/databox/kata018.htm
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