Re: 無農薬の農業だけでは飢えるは正しい
投稿者: mhls_0411 投稿日時: 2009/06/16 10:59 投稿番号: [54681 / 63339]
>重要なのは穀物だけに頼り食料の選択肢が狭く、調達地が限定された
狭い地域だったことが致命傷になったということです。これからわかる
ことは食料は農業、水産(捕鯨を含め)、畜産と産地、種類とも豊富な
選択肢を持つことが大切なのです。食料の調達地域や食種の選択肢が狭
いと一旦飢饉があると昭和初期のような大飢饉が起きるのです
アナタが仰ることは正論だと思います。江戸時代の大飢饉の被害が酷く
なった原因として、幕府藩領主間の関係不備からくる情報不足や救済策の
遅れ、藩外への穀物移出の禁止制度や流通上の問題などが言われている
ようです。ただそれらのことは現代ではもう心配ありません。備蓄もあり
ますし、昨今ではどこかの国に災害でもあれば、直ちに世界中から協力
支援の申し出が殺到する状況です。他の国ならいざ知らず、今の日本が鯨
を食糧危機等と結びつけるには説得力が無さすぎると思うんですよ。
>なお江戸時代の石高とか内高というのは年貢を取り立てるための
基準であり必ずしも実質的な収穫高ではありません。「…享保年間に
大開墾があったとの説を受け入れるなら、1710年頃には、米の生産量
1500〜1800万石程度にたいして、人口は3000万人くらい
だったのだろう」とありますのであなたの言う一人平均の半分ぐらい
です。これはいろんな説があるのであなたのが誤りで私のが正しいと
主張はしませんが江戸時代の一般的な庶民が飢えの心配なく生きていた
というのは正しくありません。
日本全体3000万石のうち、正確な収穫高というのがどの位なのかは知り
ません。ただ半分程度という見方は少なすぎでは? 3000万石なら450万t
で、150kg/1人1年 となり、計算上は1人分の米・米製品をまかなうのに
十分かと思います。ちなみに平成人の米消費量は米離れのせいで
60-70kg/年 まで減ってしまいました。(平成の米生産量約1000万t)米の
場合は長年の改良の成果で単収が増えているのは間違いないと思います
が、江戸時代の生産力水準は今と比べてそれ程見劣りしなかったという
説も多いです。その理由として税制改革があげられています。
(秀吉の時代には7割が税金だったのに対し、1650年に農民に課せられて
いた税金は収穫量の3割りで7割が農民の手元に残った)
これにより重税から開放された農民の間に大きな変化が生れ、農民は
自分達の意思で品種改良その他の工夫を始めたそうです。頑張るほど
手元にお金が残るとなれば「やる気」が出ますよね。そして循環型の
環境保全のお手本のような江戸農法が育っていった訳です。無農薬農業
の素晴らしい実例ですね。
>それでも江戸時代の平均的日本人の栄養状態が悪かったことは学者
からも数多く指摘されています。
↓↓↓↓↓↓
日本人の身長が最も小さかったのが江戸末期から明 治初頭にかけての
人々です。
私は食生活の変化が関係あるとおもうんです。良く覚えていませんが
江戸時代には魚以外の動物食が減ったとすれば、徐々に小さくなり
江戸末期に最小だったことの説明が付きます。その後日本人が動物食を
増やすと、短期間に世界が驚く様な体位向上が起きていることからも、
それが容易に想像出来るのでは無いでしょうか。
狭い地域だったことが致命傷になったということです。これからわかる
ことは食料は農業、水産(捕鯨を含め)、畜産と産地、種類とも豊富な
選択肢を持つことが大切なのです。食料の調達地域や食種の選択肢が狭
いと一旦飢饉があると昭和初期のような大飢饉が起きるのです
アナタが仰ることは正論だと思います。江戸時代の大飢饉の被害が酷く
なった原因として、幕府藩領主間の関係不備からくる情報不足や救済策の
遅れ、藩外への穀物移出の禁止制度や流通上の問題などが言われている
ようです。ただそれらのことは現代ではもう心配ありません。備蓄もあり
ますし、昨今ではどこかの国に災害でもあれば、直ちに世界中から協力
支援の申し出が殺到する状況です。他の国ならいざ知らず、今の日本が鯨
を食糧危機等と結びつけるには説得力が無さすぎると思うんですよ。
>なお江戸時代の石高とか内高というのは年貢を取り立てるための
基準であり必ずしも実質的な収穫高ではありません。「…享保年間に
大開墾があったとの説を受け入れるなら、1710年頃には、米の生産量
1500〜1800万石程度にたいして、人口は3000万人くらい
だったのだろう」とありますのであなたの言う一人平均の半分ぐらい
です。これはいろんな説があるのであなたのが誤りで私のが正しいと
主張はしませんが江戸時代の一般的な庶民が飢えの心配なく生きていた
というのは正しくありません。
日本全体3000万石のうち、正確な収穫高というのがどの位なのかは知り
ません。ただ半分程度という見方は少なすぎでは? 3000万石なら450万t
で、150kg/1人1年 となり、計算上は1人分の米・米製品をまかなうのに
十分かと思います。ちなみに平成人の米消費量は米離れのせいで
60-70kg/年 まで減ってしまいました。(平成の米生産量約1000万t)米の
場合は長年の改良の成果で単収が増えているのは間違いないと思います
が、江戸時代の生産力水準は今と比べてそれ程見劣りしなかったという
説も多いです。その理由として税制改革があげられています。
(秀吉の時代には7割が税金だったのに対し、1650年に農民に課せられて
いた税金は収穫量の3割りで7割が農民の手元に残った)
これにより重税から開放された農民の間に大きな変化が生れ、農民は
自分達の意思で品種改良その他の工夫を始めたそうです。頑張るほど
手元にお金が残るとなれば「やる気」が出ますよね。そして循環型の
環境保全のお手本のような江戸農法が育っていった訳です。無農薬農業
の素晴らしい実例ですね。
>それでも江戸時代の平均的日本人の栄養状態が悪かったことは学者
からも数多く指摘されています。
↓↓↓↓↓↓
日本人の身長が最も小さかったのが江戸末期から明 治初頭にかけての
人々です。
私は食生活の変化が関係あるとおもうんです。良く覚えていませんが
江戸時代には魚以外の動物食が減ったとすれば、徐々に小さくなり
江戸末期に最小だったことの説明が付きます。その後日本人が動物食を
増やすと、短期間に世界が驚く様な体位向上が起きていることからも、
それが容易に想像出来るのでは無いでしょうか。
これは メッセージ 54666 (akkxgfm55f さん)への返信です.
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