現代日本人には必要ない鯨肉
投稿者: springsanbo 投稿日時: 2009/06/15 10:27 投稿番号: [54629 / 63339]
▼鯨肉は日本人に不可欠なものか?
ところで日本はなぜ、そんなに捕鯨にこだわるのだろうか。欧米の環境保護団体は、日本のイメージを悪化させるキャンペーンを展開する一方、間違った情報を故意にマスコミに流したり、捕鯨関係者に対するテロリズム的な嫌がらせも行っている。
そのやり方に腹が立つ日本人も多いだろうが、国際市民運動やその背後にいるアメリカやイギリスの戦略に対抗するということなら、捕鯨ではなく地球温暖化や遺伝子組み換えなど他のテーマを選んだ方が、経済的な意味は大きい。
アデレードの会議では、国際環境団体と日本側とが激しい宣伝合戦を繰り広げた。日本側は業界団体である「日本捕鯨協会」が、アメリカの大手PR会社「シャンドウィック」に依頼してキャンペーン作戦を作ってもらい、会議を前に捕鯨の必要性を説くテレビコマーシャルを打ったり、パンフレットを市民に配ったりした。
パンフレットには「鯨肉は日本人の生活に欠かせないタンパク源で、オーストラリア人にとってのミートパイのように、日本にとって不可欠な食文化となっています。他国の食文化への介入は避けるべきではないでしょうか」という意味のことが書かれていた。
これは事実だろうか。私には事実とは思えない。多くの日本人は今や、鯨肉は何年かに一度食べるだけの「珍味」であり、不可欠なタンパク源ではない。うどんやおにぎりなどは日本人にとって、オーストラリア人にとってのミートパイに相当する伝統的な食べ物だと思うが、鯨肉は違う。
▼国策だった鯨肉普及
日本の捕鯨は明治以前からあり、鯨肉を食べる習慣も、魚介類を好む日本の食文化の伝統とともに古いが、それは鯨が水揚げされる地域の周辺だけのことである。日本人が全国的に大衆食として鯨肉を食べるようになったのは明治以後のことで、宮城県の鮎川港などに遠洋捕鯨の基地が作られてからだ。鯨肉を使った大阪名物の「ハリハリ鍋」も、明治時代に生まれた。
明治から敗戦をはさんで1970年代までは、鯨肉はまさに国民的なタンパク源だった。近代的な捕鯨によって安く大量の鯨肉を確保し、缶詰やその他の大衆食として定着させ、国民に体力をつけてもらい、日本の産業振興を支えるという国策があった。
当時は鯨肉が他の食肉より確保しやすかったため、政府は鯨肉を普及させた。戦後の学校給食に鯨肉の竜田揚げなどが出たのも、その一環である。鯨肉が日本人に不可欠なタンパク源だというのは、現在ではなくて過去のことなのである。
こうした政策は、1986年の商業捕鯨禁止によって終わったが、それが外圧による強制であったため、日本政府は捕鯨再開を求める方針を掲げた。これは当時としては良かったかもしれないが、その後の日本が空腹の時代から飽食の時代へと変わっていき、しかも食品流通が国際化されて安い牛肉などが海外から入ってきた結果、国民的な栄養源としての鯨肉の重要性は減った。
にもかかわらず日本政府が捕鯨にこだわっているのは、いったん決めた政策を変えることが難しいという、官僚制の弊害によるものだろう。その弊害を利用して、捕鯨協会がロビー活動を展開しているように私には見える。
日本人は世界的に見ると、民族的な文化や伝統にあまりこだわらない人々である。先日私が行ったアフガニスタンなどは、自らの伝統にこだわるあまり、それを踏みにじろうとする外部勢力とは銃を持って戦うという歴史を持っている。それと比べると、日本人は伝統に対して淡白であり、そのことが日本がアジアの他国に先駆けて近代化(西欧化)できた一因となった。
こうした歴史からすれば、たとえ鯨肉が日本人に不可欠な伝統的な食文化であるとしても、その確保のために「国際社会」を敵に回すのは、合理的な判断ではない。「国際社会」とは、アメリカ合衆国の別名でしかないのだが、アメリカともう一度戦うのであれば、日本はもっと国家的な戦略を立ててからにすべきだろう。
また実は、鯨肉の流通にかかわる人々や料理店など、捕鯨協会を支える関係者自身、鯨肉が「国民に不可欠なタンパク源」に戻ることなど希望していないはずだ。商業捕鯨の禁止により、鯨肉は高価な商品として定着したが、これは逆に、仕入れをうまくやれば大儲けできるということだ。再び鯨肉が安値に戻ったら、薄利多売が必要な、儲けにくい商品になってしまう。業界の人々は、少しだけ商業捕鯨が解禁され、鯨肉の高級感は失われず、仕入れ値だけが下がることを望んでいると思われる。
http://blogs.yahoo.co.jp/springsanbo/5937435.html
ところで日本はなぜ、そんなに捕鯨にこだわるのだろうか。欧米の環境保護団体は、日本のイメージを悪化させるキャンペーンを展開する一方、間違った情報を故意にマスコミに流したり、捕鯨関係者に対するテロリズム的な嫌がらせも行っている。
そのやり方に腹が立つ日本人も多いだろうが、国際市民運動やその背後にいるアメリカやイギリスの戦略に対抗するということなら、捕鯨ではなく地球温暖化や遺伝子組み換えなど他のテーマを選んだ方が、経済的な意味は大きい。
アデレードの会議では、国際環境団体と日本側とが激しい宣伝合戦を繰り広げた。日本側は業界団体である「日本捕鯨協会」が、アメリカの大手PR会社「シャンドウィック」に依頼してキャンペーン作戦を作ってもらい、会議を前に捕鯨の必要性を説くテレビコマーシャルを打ったり、パンフレットを市民に配ったりした。
パンフレットには「鯨肉は日本人の生活に欠かせないタンパク源で、オーストラリア人にとってのミートパイのように、日本にとって不可欠な食文化となっています。他国の食文化への介入は避けるべきではないでしょうか」という意味のことが書かれていた。
これは事実だろうか。私には事実とは思えない。多くの日本人は今や、鯨肉は何年かに一度食べるだけの「珍味」であり、不可欠なタンパク源ではない。うどんやおにぎりなどは日本人にとって、オーストラリア人にとってのミートパイに相当する伝統的な食べ物だと思うが、鯨肉は違う。
▼国策だった鯨肉普及
日本の捕鯨は明治以前からあり、鯨肉を食べる習慣も、魚介類を好む日本の食文化の伝統とともに古いが、それは鯨が水揚げされる地域の周辺だけのことである。日本人が全国的に大衆食として鯨肉を食べるようになったのは明治以後のことで、宮城県の鮎川港などに遠洋捕鯨の基地が作られてからだ。鯨肉を使った大阪名物の「ハリハリ鍋」も、明治時代に生まれた。
明治から敗戦をはさんで1970年代までは、鯨肉はまさに国民的なタンパク源だった。近代的な捕鯨によって安く大量の鯨肉を確保し、缶詰やその他の大衆食として定着させ、国民に体力をつけてもらい、日本の産業振興を支えるという国策があった。
当時は鯨肉が他の食肉より確保しやすかったため、政府は鯨肉を普及させた。戦後の学校給食に鯨肉の竜田揚げなどが出たのも、その一環である。鯨肉が日本人に不可欠なタンパク源だというのは、現在ではなくて過去のことなのである。
こうした政策は、1986年の商業捕鯨禁止によって終わったが、それが外圧による強制であったため、日本政府は捕鯨再開を求める方針を掲げた。これは当時としては良かったかもしれないが、その後の日本が空腹の時代から飽食の時代へと変わっていき、しかも食品流通が国際化されて安い牛肉などが海外から入ってきた結果、国民的な栄養源としての鯨肉の重要性は減った。
にもかかわらず日本政府が捕鯨にこだわっているのは、いったん決めた政策を変えることが難しいという、官僚制の弊害によるものだろう。その弊害を利用して、捕鯨協会がロビー活動を展開しているように私には見える。
日本人は世界的に見ると、民族的な文化や伝統にあまりこだわらない人々である。先日私が行ったアフガニスタンなどは、自らの伝統にこだわるあまり、それを踏みにじろうとする外部勢力とは銃を持って戦うという歴史を持っている。それと比べると、日本人は伝統に対して淡白であり、そのことが日本がアジアの他国に先駆けて近代化(西欧化)できた一因となった。
こうした歴史からすれば、たとえ鯨肉が日本人に不可欠な伝統的な食文化であるとしても、その確保のために「国際社会」を敵に回すのは、合理的な判断ではない。「国際社会」とは、アメリカ合衆国の別名でしかないのだが、アメリカともう一度戦うのであれば、日本はもっと国家的な戦略を立ててからにすべきだろう。
また実は、鯨肉の流通にかかわる人々や料理店など、捕鯨協会を支える関係者自身、鯨肉が「国民に不可欠なタンパク源」に戻ることなど希望していないはずだ。商業捕鯨の禁止により、鯨肉は高価な商品として定着したが、これは逆に、仕入れをうまくやれば大儲けできるということだ。再び鯨肉が安値に戻ったら、薄利多売が必要な、儲けにくい商品になってしまう。業界の人々は、少しだけ商業捕鯨が解禁され、鯨肉の高級感は失われず、仕入れ値だけが下がることを望んでいると思われる。
http://blogs.yahoo.co.jp/springsanbo/5937435.html
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