残酷が仕方が無いという△違いの超極悪性
投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/02/27 01:52 投稿番号: [51702 / 63339]
残酷が仕方が無いというバカは、エゴの歯止めが効かない、何でもアリの
宅間並の△違いであることが誰でも論理的に分かるだろう。
少し考えれば、倫理基準が”可哀想””残酷”という感性で決定されるのが分かるだろう。
これが善悪の判断基準なのである。即ち、残酷なことは罪悪の危険信号である
残酷なことは倫理に反することだ、ということを理解できないバカが増えている。
残酷かどうか、その度合い、比較衡量で悪かどうか(罰)が決められるのだ。
倫理は幼児でも分かる「可哀想なことはしない」ということである。
動物を虐待しない、殺さない第一の直接的理由は「可哀想」という気持ちであり、
これは幼稚園児にも理解できる。その前提となるのが「感情移入」である。
「相手の気持ちを感じられない」鈍感な若者が増えていることは、
幼少期に「感情移入」がうまく形成されていない現れで、今日の深刻な社会問題である。
これは メッセージ 51699 (lkarl_2008 さん)への返信です.
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