LSD中毒など存在しない
投稿者: discover_200 投稿日時: 2008/08/30 01:23 投稿番号: [39823 / 63339]
http://www.cannabis-studyhouse.com/42_book/04_fancys_leaf/chap6/chap_6.html
このような分類に対して“麻薬”はふつう次のように定義されている。(朝比奈晴世著『麻薬』)『麻薬とは、耽溺性のために連続使用が必要となり、中毒性のために使用を中断すると精神にも肉体にも禁断減少による障害を与えるような薬物』そして、耽溺性とは次のことを意味する。
(1)薬物の使用を続け、その薬物を手に入れようとする欲望が非常に強く、やむにやまれないほどに強制的なものを感ずる(強い精神的依存性)
(2)薬物の量を増加する傾向がある(耐性傾向)
(3)精神的にも肉体的にも薬物に支配されて、使用をやめると禁断症状をおこす
(4)個人だけでなく、社会にも害がある
・・・
表からも分かるように、薬理学的に“麻薬”と呼べるのは、ヘロイン(アヘン系ドラッグ)、アルコール、バルビツール酸誘導体である。これに対し、カナビスやLSDなどは、上の定義を十分に満たしていない。つまり、切望感もなく、身体的依存性・禁断症状はない。むしろ、カナビスに比べれば、アルコールやバルビツール酸誘導体のほうが薬理的に“麻薬”に近いのである。
もっとも、薬理的側面だけがすべてではないから、社会に脅威(害)になるドラッグはやはり“麻薬”と呼ぶことができるかもしれない。その最もよい例がコカインの場合であろう。コカインには身体的依存性・禁断症状はないが、強いパラノイア的な錯乱を生じ、暴力的・反社会的な行為の引き金になることがある。この点では、コカインの大量使用者は、他のドラッグの使用者よりも危険である。従って“麻薬”と呼んでも適切かもしれない。しかしながら、カナビスの場合、この側面についてもあてはまらない。
・・・
“麻薬”は用語上の魔術(トリック)である。言葉の操作によって物事のイメージを固定化してしまえば、物事の本質をみる上で誤りを導く。例えば、ある人がいかに無実の罪であったとしても、ひとたび犯罪人というレッテルをはられると、それに応じた扱いしか受けられないようになってしまうものである。カナビスに“麻薬”というレッテルをはりつけ、ヘロインの兄弟のようなイメージをつくり上げ、カナビス=悪といった固定観念を言葉の上からつくり上げようとするのなら、確かに“魔薬”という言葉のほうが一層都合のよい言葉になっていただろう。
だが、ドラッグをもっと科学的に偏見のない純粋な目でみようとするのならば“麻薬”というような安易な言葉は捨て去るべきである。“麻薬”という言葉は科学的な思考を停止させる。取り締まり目的には都合はよいかもしれないが、不合理な理由で法的制裁を受ける人がいることを考えればやはりおかしい。ドラッグを正確にとらえないかぎりこうした不幸はなくならない。
WHOでも、これと同じような主張をしている。WHOは、1964年の報告で、薬の耽溺性(drug addiction)とか薬の習慣性(drug habituation)という用語が余りに一般化されすぎて不正確であるので、使わないようにし、その代わりに、薬物依存性(drug dependance)という用語を使うことにして、薬物のタイプ別に分類するように勧告している。つまり、ドラッグの種類によって、依存性の型が変わるので、モルヒネタイプの依存性とか、カナビスタイプの依存性とか、アルコールタイプの依存性という具合に類別するのである。確かに、こうすれば、分類も科学的になるし、各々のドラッグの比較も抽象的にならずに、具体的にできるようになる。
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、LSDには急速な耐性は生じるが、ヘロインのような中毒性は生じないのである。
このような分類に対して“麻薬”はふつう次のように定義されている。(朝比奈晴世著『麻薬』)『麻薬とは、耽溺性のために連続使用が必要となり、中毒性のために使用を中断すると精神にも肉体にも禁断減少による障害を与えるような薬物』そして、耽溺性とは次のことを意味する。
(1)薬物の使用を続け、その薬物を手に入れようとする欲望が非常に強く、やむにやまれないほどに強制的なものを感ずる(強い精神的依存性)
(2)薬物の量を増加する傾向がある(耐性傾向)
(3)精神的にも肉体的にも薬物に支配されて、使用をやめると禁断症状をおこす
(4)個人だけでなく、社会にも害がある
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表からも分かるように、薬理学的に“麻薬”と呼べるのは、ヘロイン(アヘン系ドラッグ)、アルコール、バルビツール酸誘導体である。これに対し、カナビスやLSDなどは、上の定義を十分に満たしていない。つまり、切望感もなく、身体的依存性・禁断症状はない。むしろ、カナビスに比べれば、アルコールやバルビツール酸誘導体のほうが薬理的に“麻薬”に近いのである。
もっとも、薬理的側面だけがすべてではないから、社会に脅威(害)になるドラッグはやはり“麻薬”と呼ぶことができるかもしれない。その最もよい例がコカインの場合であろう。コカインには身体的依存性・禁断症状はないが、強いパラノイア的な錯乱を生じ、暴力的・反社会的な行為の引き金になることがある。この点では、コカインの大量使用者は、他のドラッグの使用者よりも危険である。従って“麻薬”と呼んでも適切かもしれない。しかしながら、カナビスの場合、この側面についてもあてはまらない。
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“麻薬”は用語上の魔術(トリック)である。言葉の操作によって物事のイメージを固定化してしまえば、物事の本質をみる上で誤りを導く。例えば、ある人がいかに無実の罪であったとしても、ひとたび犯罪人というレッテルをはられると、それに応じた扱いしか受けられないようになってしまうものである。カナビスに“麻薬”というレッテルをはりつけ、ヘロインの兄弟のようなイメージをつくり上げ、カナビス=悪といった固定観念を言葉の上からつくり上げようとするのなら、確かに“魔薬”という言葉のほうが一層都合のよい言葉になっていただろう。
だが、ドラッグをもっと科学的に偏見のない純粋な目でみようとするのならば“麻薬”というような安易な言葉は捨て去るべきである。“麻薬”という言葉は科学的な思考を停止させる。取り締まり目的には都合はよいかもしれないが、不合理な理由で法的制裁を受ける人がいることを考えればやはりおかしい。ドラッグを正確にとらえないかぎりこうした不幸はなくならない。
WHOでも、これと同じような主張をしている。WHOは、1964年の報告で、薬の耽溺性(drug addiction)とか薬の習慣性(drug habituation)という用語が余りに一般化されすぎて不正確であるので、使わないようにし、その代わりに、薬物依存性(drug dependance)という用語を使うことにして、薬物のタイプ別に分類するように勧告している。つまり、ドラッグの種類によって、依存性の型が変わるので、モルヒネタイプの依存性とか、カナビスタイプの依存性とか、アルコールタイプの依存性という具合に類別するのである。確かに、こうすれば、分類も科学的になるし、各々のドラッグの比較も抽象的にならずに、具体的にできるようになる。
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、LSDには急速な耐性は生じるが、ヘロインのような中毒性は生じないのである。
これは メッセージ 39821 (discover_200 さん)への返信です.
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