リタリン(覚醒剤)で生きられる患者がいる
投稿者: discover_200 投稿日時: 2008/08/28 01:04 投稿番号: [39627 / 63339]
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070925/15393
悪用は許せないが、自殺しないですむ人間もいるのだ西村 大樹(2007-09-25 15:35)
私は難治性のうつ病、そしてそこから派生する、睡眠障害と診断されている。
当時、アニメ制作会社に勤めていた自分が、突然の出社拒否になったことがある。自分は、なにがなんでも、完璧に物事をこなさなければならない人間だ。
そのように思っていたのにかかわらず、ミスばかりしており、心のどん底へと落ちていったのである。その時は、まだうつ病ということには気がつかなかった。半年ほどの引きこもり生活の後、友人がゲームの監督をしないかと声をかけてくれて、そこへと乗ることにした。
この時、自分が「うつ」という病であることを確信した。プログラマーに指示を出し、原画に指示を出し、それがきちんと完成しているのかを見るのが監督の仕事であるが、人間の思いというのが完璧に通じるはずもなく、リテイク(やり直し)を指示する毎日であった。
指示する方の責任もあったのであろうが、それを完遂できなかった作業者側の責任も当然ある。しかも、スタッフは素人同然であった。そのところを納得すればいいものを、完璧主義者(なんだか恥ずかしい言葉ですが……)な私には許せず、そのミス全てが、自分の責任であるかのように感じていった。そして、再び引きこもりに逆戻りである。
好きであったテレビのバラエティーを見ても、詰まらない。眠くて1日中寝ている。いや、3日寝ていた記憶もある。親に精神科に行きたいと言うが、「ただ、だらけているだけ、サボるのもいい加減にしろ!」と怒鳴られてしまう始末。
自殺。それしかない。友人の精神科医が、希望の手を差しのばしてくれた。持つべきものは、友人の医者である。彼は両親を説得し、病院へと連れて行き数々の検査をしてくれた。それはSF映画のようで少しだけ楽しかったりもした……。
診断結果。難治性うつ病。それに伴う過眠。子どもの頃のイジメが原因の、PTSDということだった。
うつ病はまだしも、まさか「難治性」というおまけまで付き、初めて聴く英文まで付いている。意味もわからず、長々とした病名を言われて、心でガッツポーズ。顔では泣き顔を作りつつ、話を聞いていく。
中学生の頃、私は自殺を考えるほどに、虐められた。登校拒否になっても親は「勝ってこい!」などといって送り出す。相手は複数。授業中でも、いつでも教室の後ろで暴行され続けた。
教師は、見て見ぬふり。ここから人が怖くなり、他人に話しかけることができなくなってしまった。ちなみに、これは、その後、映画界という体育会系の社会に入り、ある程度は完治したが……。
友人の医者が、選択してくれたのがいくつかの抗うつ薬、睡眠薬、そして、今回の本題である向精神薬リタリンである。
リタリンは「合法覚せい剤」などという呼ばれ方もしていたので、なにか悪の道へと1歩踏み込んだような高揚感があった。しかし、現実に飲んでみたら、高揚感などではなく、いままで、後ろ向きでしかものを考えられなかった私に、前へと進もうという気力が満ちあふれてくるではないか!
嬉しかった。毎日なにもせず、ただ布団で寝いた毎日。なにかをしたいのに、なにもできない私。辛くて毎日泣いていた。それでも親ですら「怠けているだけ」などと1日中怒り続ける。前に進める。仕事も見つかった。
それから何年かが過ぎた。2007年9月に入り、「毎日新聞」が突然、反リタリンキャンペーンを展開し始めた。
悪用は許せないが、自殺しないですむ人間もいるのだ西村 大樹(2007-09-25 15:35)
私は難治性のうつ病、そしてそこから派生する、睡眠障害と診断されている。
当時、アニメ制作会社に勤めていた自分が、突然の出社拒否になったことがある。自分は、なにがなんでも、完璧に物事をこなさなければならない人間だ。
そのように思っていたのにかかわらず、ミスばかりしており、心のどん底へと落ちていったのである。その時は、まだうつ病ということには気がつかなかった。半年ほどの引きこもり生活の後、友人がゲームの監督をしないかと声をかけてくれて、そこへと乗ることにした。
この時、自分が「うつ」という病であることを確信した。プログラマーに指示を出し、原画に指示を出し、それがきちんと完成しているのかを見るのが監督の仕事であるが、人間の思いというのが完璧に通じるはずもなく、リテイク(やり直し)を指示する毎日であった。
指示する方の責任もあったのであろうが、それを完遂できなかった作業者側の責任も当然ある。しかも、スタッフは素人同然であった。そのところを納得すればいいものを、完璧主義者(なんだか恥ずかしい言葉ですが……)な私には許せず、そのミス全てが、自分の責任であるかのように感じていった。そして、再び引きこもりに逆戻りである。
好きであったテレビのバラエティーを見ても、詰まらない。眠くて1日中寝ている。いや、3日寝ていた記憶もある。親に精神科に行きたいと言うが、「ただ、だらけているだけ、サボるのもいい加減にしろ!」と怒鳴られてしまう始末。
自殺。それしかない。友人の精神科医が、希望の手を差しのばしてくれた。持つべきものは、友人の医者である。彼は両親を説得し、病院へと連れて行き数々の検査をしてくれた。それはSF映画のようで少しだけ楽しかったりもした……。
診断結果。難治性うつ病。それに伴う過眠。子どもの頃のイジメが原因の、PTSDということだった。
うつ病はまだしも、まさか「難治性」というおまけまで付き、初めて聴く英文まで付いている。意味もわからず、長々とした病名を言われて、心でガッツポーズ。顔では泣き顔を作りつつ、話を聞いていく。
中学生の頃、私は自殺を考えるほどに、虐められた。登校拒否になっても親は「勝ってこい!」などといって送り出す。相手は複数。授業中でも、いつでも教室の後ろで暴行され続けた。
教師は、見て見ぬふり。ここから人が怖くなり、他人に話しかけることができなくなってしまった。ちなみに、これは、その後、映画界という体育会系の社会に入り、ある程度は完治したが……。
友人の医者が、選択してくれたのがいくつかの抗うつ薬、睡眠薬、そして、今回の本題である向精神薬リタリンである。
リタリンは「合法覚せい剤」などという呼ばれ方もしていたので、なにか悪の道へと1歩踏み込んだような高揚感があった。しかし、現実に飲んでみたら、高揚感などではなく、いままで、後ろ向きでしかものを考えられなかった私に、前へと進もうという気力が満ちあふれてくるではないか!
嬉しかった。毎日なにもせず、ただ布団で寝いた毎日。なにかをしたいのに、なにもできない私。辛くて毎日泣いていた。それでも親ですら「怠けているだけ」などと1日中怒り続ける。前に進める。仕事も見つかった。
それから何年かが過ぎた。2007年9月に入り、「毎日新聞」が突然、反リタリンキャンペーンを展開し始めた。
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