Re: 助ける為の差別は、助けない平等に優る
投稿者: discover_200 投稿日時: 2008/08/07 00:54 投稿番号: [38199 / 63339]
残酷という感覚は人にしかないから、それを大事にしなければならない。
それを失うこと、目を瞑ることは人の道(倫理)を放棄するということだ。
sanba_9800 >だからこそ、そばで苦しんでいる犬猫に何故目をつむるのかが理解不能。
「助ける為の差別は、助けない平等に優る」鯨と犬猫で差別するなら、より身近で可愛い犬猫でいいだろう。
ニワトリが〆られるとこを見なくても、我々は魚を捌いたりするのを見たり、動物が狩猟される記述に出会う。
実際、読書の方が空想力が働きリアルに感じることもある。
その場面を現実に目にすることは、その時の雰囲気、状況によって随分印象が変わってくるだろうと思われる。
厳かな葬式は、それを作ってる訳だし、死の場面というのも一様ではない。
残酷な行為は、それが避けられるのなら目を背けてはいけないだろう。
しかし、それが避けられないものなら、目を背けるべきだろう。
例えば、子猫がまとわりついてきたとする。
こういう子猫は親がいないので保護者を求めてどこまでもついてくる。自分にはその子猫を飼えない。
可哀想だが、目をつぶらざる得ない事は沢山ある。
これは、「狡さ」「卑怯さ」と紙一重、連続している。
避けられるもの(救えるもの)に目を背ける場合もあるし、多くはもっとできる。
利己と利他のバランスをどこに取るかは、凡人にとっていつも悩ましい問題だ。
それが、人格、人望を決定するのだろうけど。
これは メッセージ 37932 (sanba_9800 さん)への返信です.
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