無知蒙昧恥知らずの△違いゾンビakkxgfm55f
投稿者: discover_200 投稿日時: 2008/08/01 01:26 投稿番号: [37743 / 63339]
賢い動物を食べてはいけないということは(賢い動物は十分条件)
バカな動物を食べていいということではない。(バカな動物は必要条件)
何度、教えても分からない衰惨学部の劣等餓鬼である。
akkxgfm55f >元となる命題があやふやで一意に定まらないのに必要十分条件も何もあるまい。
これが多意に見えるのは、お前の脳が△違いということだ。
知能12「クジラ殺しの無差別殺戮の論理」
(大隅)>利口だから殺してはいけないということは、頭が悪ければいいということになり、ナチズムと同じ危険な思想です。
これは命題「知能が高ければ食ってはいけない」の裏命題であって
論理的に同じどころか、命題が真ならば裏命題は偽である(但しA≠B)
命題「差別して殺すのは間違い(ナチス的悪)である」と同値なのは
対偶「間違いでないのは無差別に殺すことである」となる。
救助者が少ない状況で、助けるものは多ければ多い程良い。
それを、「一人救うことは他を殺すことになるから、救助は差別である」と言ってるのだ。
この餓鬼どもは無差別殺戮の方が、通常の動機(差別)殺人より正しいと言ってるのだ。
クジラを人間の方に引き上げることが、何故差別になるのか。
これはクジラを人間と差別しないということだ。
ところが、クジラを殺さないことが、「他の動物」と差別することだと、
クジラ殺しの△違いは低脳なスリカエを行うのである。
悪いこと(殺す行為)は差別化するのが正しいのである。
必要悪、悪い事はできるだけしないこと、選別すること、つまり差別化を計ること。
無差別テロがいい例。オウム、アルカイダ、宅間。
逆に、善行はできるだけ広く及ぼすことと、即ち無差別、平等、博愛がよい。
これを理論的に説明するならば、「悪いことは極小に、善いことは極大にすればいい」からだ。
殺人鬼宅魔が嘯いたこと
「人間は皆平等だって教わった」。
「女・子供・年寄だけを助けるのは不公平だから、全員殺したのだ」。
「子供だけを助けるなんて、差別主義者、ナチのやったことと同じだ」。
クジラ食いの旗振り船頭はこう嘯いた。
「動物は皆平等だ。知能や愛着で食べないのは差別することだ」。
「知能が高いから食べていけないとは、知能が低いから食べていいということだ」。
「これはナチが知的障害者を抹殺しようとしたことと同じじゃないか」。
以下に、これら無差別殺戮の△違い宅魔を列挙する。
16647 低脳性△違いポンチュウ>それを言えば知能の低い動物の命は軽視してよい事にもなります。
16494低脳性△違い何邪>”知能”や”生まれた環境”で豚、牛と鯨を別だと考えることは障害者や人種、育った環境で人間を差別する事と同じだ。
14659 poppy_lennart 極悪グルぱー>大体さー、クジラ以外の動物は下等だから食ってよし ってすごくナチスっぽいぞ。 (下等だから何してもよし、というところな。なんだったら有色人種とか女性とか非納税者とか無学者とかに言い換えてもいいぞ)
11190 skyproblue0198 >それでは逆に、頭が悪く知能が低いとされるものならば、いくら殺しても構わないとでも言うのでしょうか? そんな発想しか出来ないから、アメリカでは人種差別が無くならないのでは?
11840chounsiryu2001 低脳性△違いチャウ>じゃあ自分より知的じゃなかったら食って良いの?まるでナチだね。
6991 tacotaro>でも、苦しみを認識するレベルが違うって言うんなら、単なる差別論者、アメリカ野郎と言うこと同じだね。
5828 oroppas4>私を含めて高等知能を有する動物食べてはいけないというのが理解できない人は大勢います。じゃあ馬鹿なら食べてもいいのか?という疑問が浮かびます。
5492 ts657738>知能が高いから捕鯨して、クジラを食うのがいけない。こう言った議論の妥当性とは何か?
5141 greenpeace_hq>「知能の低い動物と高い動物を差別していいのか?」
バカな動物を食べていいということではない。(バカな動物は必要条件)
何度、教えても分からない衰惨学部の劣等餓鬼である。
akkxgfm55f >元となる命題があやふやで一意に定まらないのに必要十分条件も何もあるまい。
これが多意に見えるのは、お前の脳が△違いということだ。
知能12「クジラ殺しの無差別殺戮の論理」
(大隅)>利口だから殺してはいけないということは、頭が悪ければいいということになり、ナチズムと同じ危険な思想です。
これは命題「知能が高ければ食ってはいけない」の裏命題であって
論理的に同じどころか、命題が真ならば裏命題は偽である(但しA≠B)
命題「差別して殺すのは間違い(ナチス的悪)である」と同値なのは
対偶「間違いでないのは無差別に殺すことである」となる。
救助者が少ない状況で、助けるものは多ければ多い程良い。
それを、「一人救うことは他を殺すことになるから、救助は差別である」と言ってるのだ。
この餓鬼どもは無差別殺戮の方が、通常の動機(差別)殺人より正しいと言ってるのだ。
クジラを人間の方に引き上げることが、何故差別になるのか。
これはクジラを人間と差別しないということだ。
ところが、クジラを殺さないことが、「他の動物」と差別することだと、
クジラ殺しの△違いは低脳なスリカエを行うのである。
悪いこと(殺す行為)は差別化するのが正しいのである。
必要悪、悪い事はできるだけしないこと、選別すること、つまり差別化を計ること。
無差別テロがいい例。オウム、アルカイダ、宅間。
逆に、善行はできるだけ広く及ぼすことと、即ち無差別、平等、博愛がよい。
これを理論的に説明するならば、「悪いことは極小に、善いことは極大にすればいい」からだ。
殺人鬼宅魔が嘯いたこと
「人間は皆平等だって教わった」。
「女・子供・年寄だけを助けるのは不公平だから、全員殺したのだ」。
「子供だけを助けるなんて、差別主義者、ナチのやったことと同じだ」。
クジラ食いの旗振り船頭はこう嘯いた。
「動物は皆平等だ。知能や愛着で食べないのは差別することだ」。
「知能が高いから食べていけないとは、知能が低いから食べていいということだ」。
「これはナチが知的障害者を抹殺しようとしたことと同じじゃないか」。
以下に、これら無差別殺戮の△違い宅魔を列挙する。
16647 低脳性△違いポンチュウ>それを言えば知能の低い動物の命は軽視してよい事にもなります。
16494低脳性△違い何邪>”知能”や”生まれた環境”で豚、牛と鯨を別だと考えることは障害者や人種、育った環境で人間を差別する事と同じだ。
14659 poppy_lennart 極悪グルぱー>大体さー、クジラ以外の動物は下等だから食ってよし ってすごくナチスっぽいぞ。 (下等だから何してもよし、というところな。なんだったら有色人種とか女性とか非納税者とか無学者とかに言い換えてもいいぞ)
11190 skyproblue0198 >それでは逆に、頭が悪く知能が低いとされるものならば、いくら殺しても構わないとでも言うのでしょうか? そんな発想しか出来ないから、アメリカでは人種差別が無くならないのでは?
11840chounsiryu2001 低脳性△違いチャウ>じゃあ自分より知的じゃなかったら食って良いの?まるでナチだね。
6991 tacotaro>でも、苦しみを認識するレベルが違うって言うんなら、単なる差別論者、アメリカ野郎と言うこと同じだね。
5828 oroppas4>私を含めて高等知能を有する動物食べてはいけないというのが理解できない人は大勢います。じゃあ馬鹿なら食べてもいいのか?という疑問が浮かびます。
5492 ts657738>知能が高いから捕鯨して、クジラを食うのがいけない。こう言った議論の妥当性とは何か?
5141 greenpeace_hq>「知能の低い動物と高い動物を差別していいのか?」
これは メッセージ 37573 (akkxgfm55f さん)への返信です.
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