Re: 低脳極痴もここまで来る?
投稿者: sanba_3_sanba 投稿日時: 2008/07/26 04:04 投稿番号: [37311 / 63339]
>>今現在通用すると誰が言っているんだい?
>誰が通用しないと言ってるのだね、△違い極痴。
誰もいないということは通用してるということだ。
●そんなことはないな。しかも通用したとしても人間との比較は出来ない。
●イルカが人間の3歳並でない根拠→No.35653
●その証明に至る過程の話(根拠の補足)→ No.36578
●上記のことが事実であることの確認方法→ No.35655
>>しかもそれが人間と比較できるなんて書いてもないな。
>書いてなければ分からんのか?
比較できることは、小学生でも分かるよ。
本当にお前ほどの低脳はいない。
サルの代わりにお前が迷路に挑戦すればいいのだ。
●比較できないと君のご指定の霊長研の教授は言ったよな。自分で自分の主張を否定しているんだよね。
●イルカが人間の3歳並でない根拠→No.35653
●その証明に至る過程の話(根拠の補足)→ No.36578
●上記のことが事実であることの確認方法→ No.35655
これもついでに
No.37310 全く論理的思考ができない△違いである
>>>賢い動物を食べてはいけないということは(賢い動物は十分条件)
バカな動物を食べていいということではない。(バカな動物は必要条件)
何度、教えても分からない衰惨学部の劣等餓鬼である。
> >だったら「鯨を食べるな」と言うのと同時に「牛を食べるな」と言いなさい。
>この通り、論理的思考ができない△違いである。
●ならデスカバ論は崩壊する
●捕鯨反対を言うのであれば、より残酷な畜産反対を先に叫べ!
discover_300 No.34719 > 人間であれば残酷と感じる気持ち(=強い嫌悪感)を誰でも持っている(普遍性)。これが欠けるから人格障害者(俗に餓鬼)である。
discover_300 No.34713 > 残酷感を無視すれば善悪の判断がつかず畜生と同様である。クジラ殺しには残酷感のアラームを切断している△違いが大勢いる。
●牛殺しに対する残酷感を 無視すれば善悪の判断がつかず畜生と同様である。牛殺しには残酷感のアラームを切断している△違いが大勢いる。
discover_300 No.34684 > だから感覚が麻痺してると言ってるだろうが、文盲極痴。
足が麻痺してたら、そこの痛みを感じないのだ、低脳餓鬼。低脳が苦痛を感じる能力が乏しいのもそういうことだ
●牛に対する残酷感という痛みを感じないデスカバは低脳餓鬼と言うことだ。
discover_300 No.34721> 倫理は幼児でも分かる「可哀想なことはしない」という実に単純なことで人に不注意を指摘されても、人に教わることではない。又、道徳教育などで教わって分かるようなものではない。共感し感動する能力、想像力が無ければブタに文句を言ってるようなものである。
●共感し感動する能力、想像力が無ければブタに文句を言ってるようなものである。←これは牛殺しのアメリカ人にも言ってやれ!
discover_300 No.34721> どちらの選択も可哀想な事態を生じる場合、より可哀想な事態を招く場合がそれである。その時は、どちらが可哀想かを無欲・無心に判断するだけである。
●牛と鯨のどちらがより可哀想かを無欲・無心に判断してみろ!この△違いが!
>誰が通用しないと言ってるのだね、△違い極痴。
誰もいないということは通用してるということだ。
●そんなことはないな。しかも通用したとしても人間との比較は出来ない。
●イルカが人間の3歳並でない根拠→No.35653
●その証明に至る過程の話(根拠の補足)→ No.36578
●上記のことが事実であることの確認方法→ No.35655
>>しかもそれが人間と比較できるなんて書いてもないな。
>書いてなければ分からんのか?
比較できることは、小学生でも分かるよ。
本当にお前ほどの低脳はいない。
サルの代わりにお前が迷路に挑戦すればいいのだ。
●比較できないと君のご指定の霊長研の教授は言ったよな。自分で自分の主張を否定しているんだよね。
●イルカが人間の3歳並でない根拠→No.35653
●その証明に至る過程の話(根拠の補足)→ No.36578
●上記のことが事実であることの確認方法→ No.35655
これもついでに
No.37310 全く論理的思考ができない△違いである
>>>賢い動物を食べてはいけないということは(賢い動物は十分条件)
バカな動物を食べていいということではない。(バカな動物は必要条件)
何度、教えても分からない衰惨学部の劣等餓鬼である。
> >だったら「鯨を食べるな」と言うのと同時に「牛を食べるな」と言いなさい。
>この通り、論理的思考ができない△違いである。
●ならデスカバ論は崩壊する
●捕鯨反対を言うのであれば、より残酷な畜産反対を先に叫べ!
discover_300 No.34719 > 人間であれば残酷と感じる気持ち(=強い嫌悪感)を誰でも持っている(普遍性)。これが欠けるから人格障害者(俗に餓鬼)である。
discover_300 No.34713 > 残酷感を無視すれば善悪の判断がつかず畜生と同様である。クジラ殺しには残酷感のアラームを切断している△違いが大勢いる。
●牛殺しに対する残酷感を 無視すれば善悪の判断がつかず畜生と同様である。牛殺しには残酷感のアラームを切断している△違いが大勢いる。
discover_300 No.34684 > だから感覚が麻痺してると言ってるだろうが、文盲極痴。
足が麻痺してたら、そこの痛みを感じないのだ、低脳餓鬼。低脳が苦痛を感じる能力が乏しいのもそういうことだ
●牛に対する残酷感という痛みを感じないデスカバは低脳餓鬼と言うことだ。
discover_300 No.34721> 倫理は幼児でも分かる「可哀想なことはしない」という実に単純なことで人に不注意を指摘されても、人に教わることではない。又、道徳教育などで教わって分かるようなものではない。共感し感動する能力、想像力が無ければブタに文句を言ってるようなものである。
●共感し感動する能力、想像力が無ければブタに文句を言ってるようなものである。←これは牛殺しのアメリカ人にも言ってやれ!
discover_300 No.34721> どちらの選択も可哀想な事態を生じる場合、より可哀想な事態を招く場合がそれである。その時は、どちらが可哀想かを無欲・無心に判断するだけである。
●牛と鯨のどちらがより可哀想かを無欲・無心に判断してみろ!この△違いが!
これは メッセージ 37308 (discover_200 さん)への返信です.
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