Re: 二人で喜べば喜びは2倍、二人で悲しめ
投稿者: nyonyonyo2002 投稿日時: 2008/06/13 16:51 投稿番号: [31668 / 63339]
>これはTVでリスを見ていた現実の話だ。
勘違いしないでもらいたい。
現実的でないのは、君が想像した小生の対応だ。
小生はリスを見て「団子はまずい」などと考えない。
「美味しそうに食べてるな」と、そう思う。
>甘納豆の好みに我(自己中)に返るというのは、このアナロジーで十分。
その瞬間に感じた感情と、後になってその感情を自己分析した内容とをごっちゃにしていないだろうか?
甘納豆の例えにしても、見た瞬間は特に理由を考えることなくただ幸福感を感じているだけだよ。
なにも四六時中自己分析しているわけではない。
>そう言う君が、そう考えてるだけなのだよ、
確かにその通りだ。
小生は「イヌは考えてはいないとは思わない」と考えている。
イヌの知能行動にしてもそうであるし、生活の中で見せるさまざまな表情・しぐさから君の断言が納得できないのだ。
>君は共感とは共感したという妄想に過ぎないとメタ言語で書いてある。
共感とは、相手の考えを推測して決め付ける行為だと書いた。
>つまり、辞書に書かれている共感は現実に存在しないとしている。
相手が悲しい思いをしているだろうと想像し、自分も悲しく感じる行為。
相手が楽しい思いをしているだろうと想像し、自分も楽しく感じる行為。
これを共感と考えている。
別に辞書に書かれている共感を否定していない。
>自己中で勝手な思い込みが強いが、これも疎外者の特徴だろうね。
>家で飼ってた犬や猫は何十年も前に死んでしまっている。
>しかも、これらは、ペットとして飼われていたものでもないんだよ。
『物心ついた頃から、犬も猫も家にいたから、俄かの君らより交流が深い。』と書いてあったから、ペットとして飼っていたものだと勘違いした。申し訳ない。
ただ、物心ついた頃に君の家にいたイヌやネコもペットではないのか?
また、ペットではないイヌとして介助犬などいくつかイメージできるが、ペットではないネコといわれてもとんと想像がつかない。
差し支えなければ、ペットではなく、どんな目的で飼われていたのか教えていただきたい。
ところで、
小生も物心ついた頃から、イヌやネコ、コリドラスやグラミー、陸ガメなど動物に囲まれて育ち、数十年経過した現在も、アクアリウムこそ無いもののイヌやネコやカメに囲まれて生活している。一般に交流の深さは交流していた時間に比例するとは限らないが、それなりに深い交流をしていたという自負はある。
『君らより交流が深い』
という発言も君の自己中で勝手な思い込みの産物だと思うが、いかが?
>君は、”他人(が自分)の考えを読み取ったつもりになって自己満足する行為だ。”
>と他人を戒めているが、自分は戒めない。偏向した自己中妄想。
他人を戒めたつもりは無いが?
ネガティブな表現なので、君はそう感じたのであろう。
君はこのように考えているだろうと推測しないことにはできない話がある。
まさに君が、小生という人間を判断しているように。
ただし、それは所詮自分勝手は判断でしかないので相手から否定されれば、素直に受け入れるべきだということだ。
>君は少ない読書量でトンデモ本ばかり選んで読んでるようだが、先ず、古典的な名著から
>例えば、「ソロモンの指環」を読めば、君には犬・猫を飼う資格が無かったことが分かるだろう。
ソロモンの指輪は、シェーンブルンのくだりを読めば分かるということだろうか?さすがにローレンツ氏のような飼い方は小生にはできないな。まずもって、そこまで嫁に理解が得られるとは思わない。
ちなみに、その本にはハイイロガンですら「知能の発達した動物」として紹介してあるのだが。
>犬が共感できると思ってる動物学者などいない。
>チンパンジーも共感できないと主張する学者もいる。
イヌに知能行動が見られると主張する動物学者はいる。
>君は人間も共感できないと言ってる癖に、整合性が無い支離滅裂な妄想と言える。
共感できないとどこに書いたか示してもらいたい。
>人間のネオテニーというのは知的好奇心のことだよ、低脳君。
ヒトは、進化のどこかの過程でネオテニーが生じ脳の発達が遅くなったと考えられる。それによって精神的な幼さ(何に対しても興味を持ちやすいという性質)が維持されやすくなったと考えられる…
このように書かれたら小生も納得する。
同じことを意味すると考えてよいのだろうか?
勘違いしないでもらいたい。
現実的でないのは、君が想像した小生の対応だ。
小生はリスを見て「団子はまずい」などと考えない。
「美味しそうに食べてるな」と、そう思う。
>甘納豆の好みに我(自己中)に返るというのは、このアナロジーで十分。
その瞬間に感じた感情と、後になってその感情を自己分析した内容とをごっちゃにしていないだろうか?
甘納豆の例えにしても、見た瞬間は特に理由を考えることなくただ幸福感を感じているだけだよ。
なにも四六時中自己分析しているわけではない。
>そう言う君が、そう考えてるだけなのだよ、
確かにその通りだ。
小生は「イヌは考えてはいないとは思わない」と考えている。
イヌの知能行動にしてもそうであるし、生活の中で見せるさまざまな表情・しぐさから君の断言が納得できないのだ。
>君は共感とは共感したという妄想に過ぎないとメタ言語で書いてある。
共感とは、相手の考えを推測して決め付ける行為だと書いた。
>つまり、辞書に書かれている共感は現実に存在しないとしている。
相手が悲しい思いをしているだろうと想像し、自分も悲しく感じる行為。
相手が楽しい思いをしているだろうと想像し、自分も楽しく感じる行為。
これを共感と考えている。
別に辞書に書かれている共感を否定していない。
>自己中で勝手な思い込みが強いが、これも疎外者の特徴だろうね。
>家で飼ってた犬や猫は何十年も前に死んでしまっている。
>しかも、これらは、ペットとして飼われていたものでもないんだよ。
『物心ついた頃から、犬も猫も家にいたから、俄かの君らより交流が深い。』と書いてあったから、ペットとして飼っていたものだと勘違いした。申し訳ない。
ただ、物心ついた頃に君の家にいたイヌやネコもペットではないのか?
また、ペットではないイヌとして介助犬などいくつかイメージできるが、ペットではないネコといわれてもとんと想像がつかない。
差し支えなければ、ペットではなく、どんな目的で飼われていたのか教えていただきたい。
ところで、
小生も物心ついた頃から、イヌやネコ、コリドラスやグラミー、陸ガメなど動物に囲まれて育ち、数十年経過した現在も、アクアリウムこそ無いもののイヌやネコやカメに囲まれて生活している。一般に交流の深さは交流していた時間に比例するとは限らないが、それなりに深い交流をしていたという自負はある。
『君らより交流が深い』
という発言も君の自己中で勝手な思い込みの産物だと思うが、いかが?
>君は、”他人(が自分)の考えを読み取ったつもりになって自己満足する行為だ。”
>と他人を戒めているが、自分は戒めない。偏向した自己中妄想。
他人を戒めたつもりは無いが?
ネガティブな表現なので、君はそう感じたのであろう。
君はこのように考えているだろうと推測しないことにはできない話がある。
まさに君が、小生という人間を判断しているように。
ただし、それは所詮自分勝手は判断でしかないので相手から否定されれば、素直に受け入れるべきだということだ。
>君は少ない読書量でトンデモ本ばかり選んで読んでるようだが、先ず、古典的な名著から
>例えば、「ソロモンの指環」を読めば、君には犬・猫を飼う資格が無かったことが分かるだろう。
ソロモンの指輪は、シェーンブルンのくだりを読めば分かるということだろうか?さすがにローレンツ氏のような飼い方は小生にはできないな。まずもって、そこまで嫁に理解が得られるとは思わない。
ちなみに、その本にはハイイロガンですら「知能の発達した動物」として紹介してあるのだが。
>犬が共感できると思ってる動物学者などいない。
>チンパンジーも共感できないと主張する学者もいる。
イヌに知能行動が見られると主張する動物学者はいる。
>君は人間も共感できないと言ってる癖に、整合性が無い支離滅裂な妄想と言える。
共感できないとどこに書いたか示してもらいたい。
>人間のネオテニーというのは知的好奇心のことだよ、低脳君。
ヒトは、進化のどこかの過程でネオテニーが生じ脳の発達が遅くなったと考えられる。それによって精神的な幼さ(何に対しても興味を持ちやすいという性質)が維持されやすくなったと考えられる…
このように書かれたら小生も納得する。
同じことを意味すると考えてよいのだろうか?
これは メッセージ 31479 (discover_300 さん)への返信です.
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