「命の尊さ」というトリック
投稿者: discover_300 投稿日時: 2008/06/13 02:20 投稿番号: [31622 / 63339]
投稿者: discover_100 2001/11/ 7 1:59
メッセージ: 3019
生きている(?)キャベツを切り刻んでも、誰も残酷さを感じない。
植物にも感情移入できる人間に現実に会った者はどれだけいるだろうか。
それは我々は植物に感情や心、苦痛があるとは感じない。むしろ、動物が存在する以上、
植物の使命の一つは動物に食べられることにあると思われるからだ。
植木職人の作業を痛々しく感じる日本人など存在する筈がない。
盆栽などは、纏足のようなものだが、あれを可哀想と思うだろうか。
誰が、自分の家の雑草の命を思いやるだろうか。
綺麗な花を引っこ抜いたり、踏み潰したりしたとき、ヒドいと思うが残酷だとは感じない。
ヒドいという気持ちは花の立場からではなく、我々の美しいものを見たい気持ちから発したのである。
但し、残酷だと感じる人間が一人もいないということではない。
そう感じる人間は一種の神経症と見なされるだろう。
「クジラを殺して食いたい」と公で平気に主張できる輩が、「野菜の命も尊い」などと説くのは、
悪魔が「一日一善」を説くほど滑稽な様である。
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