殺し屋の感謝(倒錯)もパクるクジラミ餓鬼
投稿者: discover_300 投稿日時: 2008/05/03 02:45 投稿番号: [23958 / 63339]
10150 chuahcaqui>殺した動植物(植物だって生きている!)に感謝を捧げながら生きていくしかないんですよ、人間は
10184 chuahcaqui>奪った命に感謝を捧げる態度が「殺し屋」であるとおっしゃるのであれば、他の命(全ての動植物)を全く奪わずに生きる方法をお教えください
10184 chuahcaqui>人間が生きていくためにそうしなくてはならないからそうするのであって、それで始めて命を頂くことへの感謝する意味が生まれるのだよ。
7090halarchi0428 >>古代からの鯨取りは鯨に感謝し、鯨の全てを自分の物とした。
6489seiginokatiha >「事実を知り、感謝して食べる」ことこそが本来の人間らしい感覚。
8065ichikozin >生き物なんて(人間も含めて)自然の恩恵を受けて生きているんだから野生動物(鯨さん)がいる事に感謝しなきゃ。だから、どれが欠けても私は嫌です。
6581 lacomediaefinita >殺すことも保護です。
5274gen_taicyou >「食べる為に取る」しかし「感謝」の気持ちも忘れない。
欧米人は牛や豚を供養してるのかね?日本じゃ食肉加工所でも供養塔があるのにね?
li_i_jl>自分が生かされていることに気づかず、自分が食している生き物に関して、感謝の気持ちも全くない。
このような理由で殺し屋は人を殺して生きる糧(報酬)を得る訳だ。
世の中には謝って済むことと済まないことがある。
殺すという行為は取り返しがつかない、謝って済まない行為の最たるものである。
罪を認めて謝るのは人として償いの始りの挨拶に過ぎないもので
謝ったから、感謝したからといって罪が軽減されることなどない。
相手を傷つけ、殺しておいて、”感謝してるから勘弁よ”とはヤクザの台詞である。
”感謝してるからで済むなら警察はいらない”のである。
自分が殺される側に立てば、全部食べてくれたとか、利用してくれたなど関係がないことだろうに。
感謝すれば、無駄にしなければ殺生も許されると主張するバカがいかに多いことか。
自分が殺される側に立てば、全部利用したから許すというかすぐ分ることだろうに。
「改心すれば許される」という神、仏の慈悲や寛大さを「何でもあり」の思想へ歪曲した。
この供養して罪の呵責をチャラにしようという根性は実に浅ましいものだ。
現代の犯罪容疑者に共通する往生際の悪さは、謝っても許してくれそうにないことが分かるからである。
今の若者は顔色一つ変えずに嘘を吐くことができる。
これは日常が嘘だらけということを意味している。
”御免なさいと言いなさい。言えば許して上げるから”とウソツキのバカ親が子供を仕付けた結果、
謝れば大抵のことは許されるのだという意識を現代の若者に植え付けた。
10184 chuahcaqui>奪った命に感謝を捧げる態度が「殺し屋」であるとおっしゃるのであれば、他の命(全ての動植物)を全く奪わずに生きる方法をお教えください
10184 chuahcaqui>人間が生きていくためにそうしなくてはならないからそうするのであって、それで始めて命を頂くことへの感謝する意味が生まれるのだよ。
7090halarchi0428 >>古代からの鯨取りは鯨に感謝し、鯨の全てを自分の物とした。
6489seiginokatiha >「事実を知り、感謝して食べる」ことこそが本来の人間らしい感覚。
8065ichikozin >生き物なんて(人間も含めて)自然の恩恵を受けて生きているんだから野生動物(鯨さん)がいる事に感謝しなきゃ。だから、どれが欠けても私は嫌です。
6581 lacomediaefinita >殺すことも保護です。
5274gen_taicyou >「食べる為に取る」しかし「感謝」の気持ちも忘れない。
欧米人は牛や豚を供養してるのかね?日本じゃ食肉加工所でも供養塔があるのにね?
li_i_jl>自分が生かされていることに気づかず、自分が食している生き物に関して、感謝の気持ちも全くない。
このような理由で殺し屋は人を殺して生きる糧(報酬)を得る訳だ。
世の中には謝って済むことと済まないことがある。
殺すという行為は取り返しがつかない、謝って済まない行為の最たるものである。
罪を認めて謝るのは人として償いの始りの挨拶に過ぎないもので
謝ったから、感謝したからといって罪が軽減されることなどない。
相手を傷つけ、殺しておいて、”感謝してるから勘弁よ”とはヤクザの台詞である。
”感謝してるからで済むなら警察はいらない”のである。
自分が殺される側に立てば、全部食べてくれたとか、利用してくれたなど関係がないことだろうに。
感謝すれば、無駄にしなければ殺生も許されると主張するバカがいかに多いことか。
自分が殺される側に立てば、全部利用したから許すというかすぐ分ることだろうに。
「改心すれば許される」という神、仏の慈悲や寛大さを「何でもあり」の思想へ歪曲した。
この供養して罪の呵責をチャラにしようという根性は実に浅ましいものだ。
現代の犯罪容疑者に共通する往生際の悪さは、謝っても許してくれそうにないことが分かるからである。
今の若者は顔色一つ変えずに嘘を吐くことができる。
これは日常が嘘だらけということを意味している。
”御免なさいと言いなさい。言えば許して上げるから”とウソツキのバカ親が子供を仕付けた結果、
謝れば大抵のことは許されるのだという意識を現代の若者に植え付けた。
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