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宮沢賢治のビヂテリアン大祭_33

投稿者: capt_paul_watson 投稿日時: 2008/04/01 21:40 投稿番号: [18744 / 63339]
  その時です。神学博士がまたしほしほと壇に立ちました。そしてしょんぼりと礼をして云ったのです。

「諸君、今日私は神の思召のいよいよ大きく深いことを知りました。はじめ私は混食のキリスト信者としてこの式場に臨んだのでありましたが今や神は私に敬虔なるビヂテリアンの信者たることを命じたまひました。ねがはくは先輩諸氏愚昧小生の如きをも清き諸氏の集会の中に諸氏の同朋として許したまへ。」

  そして壇を下って頭を垂れて立ちました。

  祭司次長がすぐ進んで握手しました。みんなは歓呼の声をあげ熱心に拍手してこの新らしい信者を迎へたのです。

  すると異教席はもうめちゃめちゃでした。まっ黒になって一ぺんに立ちあがり一ぺんに壇にのぼって
「悔ひ改めます。許して下さい。私どももみんなビヂテリアンになります。」と声をそろえて云ったのです。

  祭司次長がすぐ進んで一人づつ握手しました。そして一人づつ壇を下ってこっちの椅子に座りました。歓呼と拍手とで一杯でした。椅子が丁度うまい工合にあったのです。何だかあんまりみんなうまい工合でした。そのとき外ではどうんと又一発陳氏ののろしがあがりました。その陳氏がもう入って来て私に軽く会釈してまだ立ちながら向ふを見て云ひました。

「おやおやみんな改宗しましたね、あんまりあっけない、おや椅子も丁度いゝ、はてな一つあいてる、さうだ、さっきのヒルガアドに似た人だけまだ頑張ってる。」なるほどさっきのおしまひの喜劇役者に肖た人はたった一人異教徒席に座って腕を組んだり髪を掻きむしったりいかにも仰山なのでみんなはたうたうひどく笑ひました。

「あの男の煩悶なら一体何だかわからないですな。」陳氏が云ひました。

  ところがたうたうその人は立ちあがりました。そして壇にのぼりました。

「諸君、私は誤ってゐた。私は迷ってゐたのです。私は今日からビヂテリアンになります。いや私は前からビヂテリアンだったやうな気がします。どうもさっきまちがへて異教徒席に座りそのためにあんな反対演説をしたらしいのです。諸君許したまへ。且つ私考へるに本日異教徒席に座った方はみんな私のやうに席をちがへたのだらうと思ふ。どうもさうらしい。その証拠には今はみんな信者席に座ってゐる。どうです、前異教徒諸氏さうでせう。」

  私の愕いたことは神学博士をはじめみんな一ぺんに立ちあがって「さうです。」と答へたことです。

「さうでせう。して見ると私はいよいよ本心に立ち帰らなければならない。私は或はご承知でせう、ニュウヨウク座のヒルガアドです。今日は私はこのお祭を賑やかにする為に祭司次長から頼まれて一つしばゐをやったのです。このわれわれのやった大しばゐについて不愉快なお方はどうか祭司次長にその攻撃の矢を向けて下さい。私はごく気の弱い一信者ですから。」

  ヒルガアドは一礼して脱兎のやうに壇を下りたゞ一つあいた席にぴたっと座ってしまひました。

「やられたな、すっかりやられた。」陳氏は笑ひころげ哄笑歓呼拍手は祭場も破れるばかりでした。けれども私はあんまりこのあっけなさにぼんやりしてしまひました。あんまりぼんやりしましたので愉快なビヂテリアン大祭の幻想はもうこわれました。どうかあとの所はみなさんで活動写真のおしまゐのありふれた舞踏か何かを使ってご勝手にご完成をねがふしだいであります。
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