対イラク武力行使

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サドル運動について

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2006/12/21 06:13 投稿番号: [99213 / 118550]
Sadr thanks Sunni authorities for their statement
サドル師がスンニ派の声明に感謝
http://arablinks.blogspot.com/2006/12/sadr-thanks-sunni-authorities-for.html
On Tuesday of last week, car-bombers killed 70 laborers who were waiting
for the chance for day-work, in Tarayan Square, in a Shiite part of
Baghdad.
As an expression of their outrage over this, a Sunni group including
religious authorities issued a statement, described as a fatwa, in which
they proscribed killing of Muslims and killing of Shiites in particular.
The authorities included people connected with the Islamic Party,
with the Muslim Scholars Association, and with something called
the League of Islamic Unity, and apparently they were Basra-based.
I don't think there was any widespread notice of this at the time,
but this morning Al-Hayat says Moqtada al-Sadr sent a delegation to
Basra for the purpose of thanking the officials for their statement.
先週の火曜日に、自動車爆弾が、Tarayan 広場で、日雇い仕事を待っていた
70人の労働者をバグダッドのシーア派地域で殺害しました。
これに対する憤慨の表現として、宗教的な組織を含めて、スンニ派のグループが
特にイスラム教徒の殺害とシーア派の殺害を禁止したファトワと記述された声明
を公表しました。
当局はイスラム党、イスラム聖職者、イスラム統一連盟の関係者を含みました。
見たところではバスラベースでした。
私はその時これの広範囲にわたる通知があったと思いません。
しかし今朝のアル・ハヤト紙はムクタダ・サドル師が陳述に対して
当局者に感謝する目的で代表団をバスラに送ったと言います。


Sadrists and Sunni Insurgents United for Peace and Love?
http://nonarab-arab.blogspot.com/2006/12/sadrists-and-sunni-insurgents-united.htm l
・サドル派は様々な勢力から成っていること。
  地方の出稼ぎ者とかも多い
・2004年4月のファルージャでは確かに、サドル派とスンニ派は共闘した。
  しかしそれ以降ファルージャはアルカイダ系のテロの拠点となった。
  だから2004年11月のファルージャにはシーア派は全国的に冷淡になった。
  これは「分水嶺」であると。
  現在、スンニ派武装勢力とサドル師は、言葉としては
  同じようなことを述べている。
  反占領、反米、愛国等。
  しかしそんな言葉よりも、既に現実に傷付いた者達が身近にたくさんいる。
  だから、言葉だけではとても共闘が復活するとは思えない。
・ヒズボラは非常に統制がとれているが、サドル派はそうではない。
  レバノンは内戦を経験したが、サドル派は若く、経験不足。

そもそもサドル派は、サドル運動、Sadr Movement と呼ばれている。
政党ならば、政治綱領があり、その内容に賛同した者達が政党に参加する。
つまり思想的、イデオロギー的同一性を根拠にしている。
だから内部対立が生じても、綱領という客観的基準に照らして論争し、
判断される。
しかし、サドル運動には、綱領などない。
ムード的にムクタダ・サドル師、もしくは父親の元大アヤトラサーディク・
サドル師を信奉する者、あるいは、極貧のスラムであるサドル・シティで、
サドル派からの種々の援助に期待や感謝する者、
様々な潮流の複合体だったと思う。
父親の残した宗教的ネットーワークは、フセイン政権崩壊後の権力の空白期に、
いち早く、諸機構の代替役を務め、支持を広めたと思う。
そういう父親の代の遺産と、
若い不満層、失業者等からのムード的な支持もあった。
反米感情を持つ者達も。
そういう複合体であったが、反米武装闘争を演じている時期には、
内部対立は余り顕在化しなかった。
しかし、現在のように一度混乱すると、そもそも統一的でない、
緩やかな運動体だったのだから、強い統制が及ばないのではないか。
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