物質的豊かさの生むパラドックス
投稿者: maya_kosmisch 投稿日時: 2006/09/07 11:08 投稿番号: [96089 / 118550]
「犬養道子さんが、長年のボランティア活動で目撃した瞠目すべき事のひとつに、難民キャンプの人が、自らも死ぬほど空腹であるにも関わらず、より飢えに苦しんでいる仲間達に僅かな食料を譲っていたと。
また、実際に国連の職員からも聞いたことだが、少女に一枚のパンを与えたら、自らはそれを口にせず、隣のキャンプにいる幼子にそれを分け与えたという。」
時に物質的豊かさは、このような自己犠牲の精神を駆逐する。
痛みは、その痛みの経験からしか実感できないからだ。
「衆生病むがゆえに、我れ病む」という意識のレベルにまで達した人なら別だ。
富める者が、貧困者に物資を与えるのは簡単だ。日本もそれを多くやってきた。
しかし、何故それが評価されなかったのか?
痛みを知らない救援物資や金は、奉仕ではなく「お恵み」に過ぎないからだ。
畢竟、真の奉仕は、上から下という意識で為されるものではないのだ。
ましてや「可愛そう」などといった、情緒的傲慢やセンチメンタリズムなど論外である。
これは メッセージ 96082 (maya_kosmisch さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/96089.html