米中国交正常化
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/06/15 01:27 投稿番号: [92759 / 118550]
1960年代後半以降、ヴェトナム戦争の戦費の増大・海外投資の増加・貿易赤字の増大などによってアメリカの国際収支は著しく悪化し、国際通貨であるドルに対する信用が大きく低下した。
1971年8月15日、ニクソン大統領はドル防衛のため、ドルと金の交換の停止を発表した(ドル危機、ドル=ショック、ニクソン=ショック)。さらにこれに続いて1971年12月にはスミソニアン合意によってドルの7.89%切下げが行われ、1973年2月にはさらにドル10%切下げを一方的に発表した。
このドル危機は世界経済に大きな衝撃を与え、これによって第二次世界大戦後続いてきたIMF体制(ブレトン=ウッズ体制)は崩壊した。
こうした内外の危機に直面したニクソンは、中国との和解なしにはアジアの平和はあり得ないと考えるようになり、1971年7月にキッシンジャー(1923〜)大統領特別補佐官(任1969〜73)を秘密裡に中国に派遣した。キッシンジャーは周恩来首相と会談し(7月9〜11日)、15日にニクソン大統領が翌年5月までに北京を訪問すると発表した。
同年10月25日には、国連総会で、中華人民共和国の代表権を認め、台湾の中華民国政府(国民政府)を追放するというアルバニア案が圧倒的多数で可決された(賛成76、反対35、棄権17)。
中国の国連加盟問題は、1949年の中華人民共和国の成立とともに起こり、翌1950年にはソ連が安保理に提出したが否決され、同年インドが国連総会に提出した決議案も否決された。中華人民共和国の加盟に反対したアメリカは、アジア・アフリカの新興国の国連加盟が急増すると、1961年に中国の加盟問題を重要事項(可決には3分の2以上の賛成が必要となる)にすることを提案して可決された。
1971年のキッシンジャーの訪中以後アメリカは従来の政策を転換し、中華人民共和国の国連加盟は支持するが、台湾の中華民国政府の追放には反対するとの方針をとり、同年9月に中華民国政府の追放を重要事項とする逆重要事項指定決議案と、中華人民共和国と中華民国政府の二重代表制案を国連に提出し、日本も共同提案国となった。
しかし、10月に開かれた国連総会では、逆重要事項指定決議案は否決され(賛成55、反対59、棄権15)、中華人民共和国の代表権を認め、中華民国政府を追放するというアルバニア案が可決された。
1972年2月21日、ニクソン大統領は、アメリカの大統領としては初めて中国を訪問し、27日に共同声明が発表された。米中共同声明で、アメリカは平和五原則を承認し、これによって長い間敵視してきた中華人民共和国を事実上承認した。
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ヴェトナム戦争の拡大と深刻なドルの信用低下等、内外政の危機により共和党のニクソン大統領が現在の中国を国際社会に開放してしまった。
中国が「脅威」であるのならこれほどバカな行為もあるまい。
ブッシュがイラク戦争に現を抜かし結果的に北朝鮮が核兵器を持つのを許してしまったのと通じるところがあるな。
どっちもおバカってことだ。
1971年8月15日、ニクソン大統領はドル防衛のため、ドルと金の交換の停止を発表した(ドル危機、ドル=ショック、ニクソン=ショック)。さらにこれに続いて1971年12月にはスミソニアン合意によってドルの7.89%切下げが行われ、1973年2月にはさらにドル10%切下げを一方的に発表した。
このドル危機は世界経済に大きな衝撃を与え、これによって第二次世界大戦後続いてきたIMF体制(ブレトン=ウッズ体制)は崩壊した。
こうした内外の危機に直面したニクソンは、中国との和解なしにはアジアの平和はあり得ないと考えるようになり、1971年7月にキッシンジャー(1923〜)大統領特別補佐官(任1969〜73)を秘密裡に中国に派遣した。キッシンジャーは周恩来首相と会談し(7月9〜11日)、15日にニクソン大統領が翌年5月までに北京を訪問すると発表した。
同年10月25日には、国連総会で、中華人民共和国の代表権を認め、台湾の中華民国政府(国民政府)を追放するというアルバニア案が圧倒的多数で可決された(賛成76、反対35、棄権17)。
中国の国連加盟問題は、1949年の中華人民共和国の成立とともに起こり、翌1950年にはソ連が安保理に提出したが否決され、同年インドが国連総会に提出した決議案も否決された。中華人民共和国の加盟に反対したアメリカは、アジア・アフリカの新興国の国連加盟が急増すると、1961年に中国の加盟問題を重要事項(可決には3分の2以上の賛成が必要となる)にすることを提案して可決された。
1971年のキッシンジャーの訪中以後アメリカは従来の政策を転換し、中華人民共和国の国連加盟は支持するが、台湾の中華民国政府の追放には反対するとの方針をとり、同年9月に中華民国政府の追放を重要事項とする逆重要事項指定決議案と、中華人民共和国と中華民国政府の二重代表制案を国連に提出し、日本も共同提案国となった。
しかし、10月に開かれた国連総会では、逆重要事項指定決議案は否決され(賛成55、反対59、棄権15)、中華人民共和国の代表権を認め、中華民国政府を追放するというアルバニア案が可決された。
1972年2月21日、ニクソン大統領は、アメリカの大統領としては初めて中国を訪問し、27日に共同声明が発表された。米中共同声明で、アメリカは平和五原則を承認し、これによって長い間敵視してきた中華人民共和国を事実上承認した。
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ヴェトナム戦争の拡大と深刻なドルの信用低下等、内外政の危機により共和党のニクソン大統領が現在の中国を国際社会に開放してしまった。
中国が「脅威」であるのならこれほどバカな行為もあるまい。
ブッシュがイラク戦争に現を抜かし結果的に北朝鮮が核兵器を持つのを許してしまったのと通じるところがあるな。
どっちもおバカってことだ。
これは メッセージ 92714 (jyonnconner さん)への返信です.
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