対イラク武力行使

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数え切れないイラクの<ソンミ村虐殺>

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/06/03 22:59 投稿番号: [92298 / 118550]
ダール・ジャマイルのイラク速報   2006年5月30日

http://www.asyura2.com/0601/war80/msg/1076.html

<イラクのソンミ村虐殺事件>の動きがせわしくなるなかで、メディアは何が起こったのかと大騒ぎしている。昨年11月にハディッサで20人以上の市民を米海兵隊が殺した事件の報道は、2004年4月〜5月のアブグレイブ「スキャンダル」に群がったメディアの騒ぎを思い出させる。

  まさしくアブグレイブのように、メディアがハディッサの虐殺事件にスポットライトを当てているとき、数え切れない残虐行為が人々の知らないところで日常的に相次いでいる。メディアは遅ればせながら最後になって記事にする程度なので、拷問(ごうもん)は止むことなく、米軍と米軍の後押しするイラク「治安」部隊による日常的なイラク人攻撃もまた止まないでいる。

  今月初め、イラクから一つのニュースが届いたが、そこには次のように書かれていた。−−「2006年5月13日午後10時、イラク国家警護隊を同伴した米軍がヘリからの猛攻撃によって、バグダッドの南ラティフィヤ地区でイラク人の民家を襲った。このため数家族が激しい砲撃から身を守ろうとマザル方面や用水路に逃げた。その時、逃げた家族を追跡するためにヘリ7機が着陸し、彼らを殺害した。犠牲者の数は25人以上にのぼった。米軍は別に女性2人を含む6人を拘束した。2人はイスラア・アハメド・ハサンとウィダド・アハメド・ハサンという名で、子どもの名前はヒュダ・ヒサン・モハメド・ハサン、その父親は砲撃で殺された。」

  イラク人権監視ネット(MHRI)というイラクのNGOから届いたレポートは、次のように続けた−−「米軍はその最中に止めにかからなかった。彼らは2006年5月15日に攻撃をおこない、イラク国家警護隊の支援を受けた。彼らもある家族の家を攻撃し、大勢を拘束したが、他の者は逃げた。米軍の狙撃兵はさらにイラク人を狙い撃ちにするためにその家を使ったのだった。この犯罪行為の原因は、その辺り付近でヘリが撃墜されたためだった。」

  米軍は事件を、「ゲリラ」41人を殺した攻撃と報告することを好んでおり、メディアの多くもオウム返しにそれをなぞる。

  同じ日、MHRIは、バグダッドのヤルムーク地区でも、米軍がイッサム・フィチアン・アル・ラウィの自宅を襲撃したと報告した。アル・ラウィは息子のアハメドと一緒に殺された。その後、米兵は2人の遺体を拘束されたアル・ラウィの甥(おい)と一緒に運び去ったといわれている。

  似たようなことが5月5日にもサマラ市であったとMHRIがレポートした。−−「近くから米兵への攻撃がおこなわれたあと、アメリカ兵がジダン・ハリフ・アル・ヒード氏の家に入ってきた。アメリカ兵は家に入って父親、母親、6歳の娘と精神および身体に障害のある息子を含むその一家を殺害した。」

  MHRIは、2004年11月のファルージャに対する米軍攻勢では、作戦期間中に4000人から6000人のイラク人市民が殺害された、と推計している。ハディッサで報告された数字は、比較的少ない方だ。

  (続く)
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