対イラク武力行使

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Re: terotowa_nanikaさんへ 横レス

投稿者: bakayuumongabakajyai 投稿日時: 2006/03/19 11:02 投稿番号: [89298 / 118550]
97年に起きたイスラム集団によるルクソール襲撃事件はエジプトに於ける過激原理主義グループの断末魔になりました。この凄惨な事件は各国イスラム原理主義組織からも非難され、当のイスラム集団の指導部からも自己批判の声明が出され、これにより少なくともエジプトに於ける原理主義過激派グループは穏健路線に転向を余儀なくされました。しかし、穏健路線に転向したことで長期独裁政権のムバラクの足元が逆に揺らいでいる。ムスリム同胞団は今では議席を有しており、合法に基づく政権の奪取を目指しています。

ムバラクは過激な集団を取り締まることで自らの長期独裁を正当化してきた根拠を失いつつあるが、実のところ、イラクで起こっているテロリストの跳梁を内心ほくそ笑んでいるのではないでしょうか。口実が見つかったと。

それはさておき、

>アルジェリアでクーデターが起こり「イスラム救国戦線」が軍部の弾圧によって鎮圧されたり、エジプトで「ムスリム同胞団」への弾圧が始まったことで、ジハード団等の過激派が出番を得ましたが、これは政権側に弾圧の口実を与えるだけの役割りしか果たさず、凄惨な暴力が吹き荒れた後、短期間でほぼ「壊滅」しています。この時、祖国を追われスーダンに亡命して、過激派を率いていたアイマン・ザワヒリ氏や、ウサマ・ビンラディン氏らは「武力闘争」で完全敗北したことになります。その時点(96年ごろ)で、彼らにはもはや「軍団」を組織する力など残っていなかっただろうと、私は考えるのです。

そう思いますね。

ザワヒリがアルバニアのモスレムたちの協力に期待し、ナッガルというジハード団幹部をアルバニアに送り込み、コソボを新たなジハード団のハブ拠点にしようと画策しましたが、原理主義に理解を示していたアルバニアのベリシャ政権が97年に退陣し、後継の政権はCIAの原理主義グループ狩りに協力し、ナッガルは98年に首都チラナで逮捕され、エジプトに強制送還されています。尚、ナッガルをチラナで拘束したのはCIA要員であったと後にナッガル自身が告白しており、ナッガルの自白によりザワヒリのアルバニアでの新たな拠点作りの計画は白日の下に曝され、大打撃を受け撤退を余儀なくされています。その後、ビンラーディンと知り合い、国際的原理主義の方向に転向するのですが、これもエジプト国内のジハード団から非難の的になります。即ち、ビンラーディンと組むことでエジプトの政治体制の打倒よりもっと広範な敵と関わらねばならなくなり、特にアメリカに直接的に目をつけられることになったという非難です。

今ではザワヒリはエジプト国内でも殆んど繋がる勢力を確保できていないことは確かでしょうし、ビンラーディンにおいても彼は仰られるようにスピーカーの役割りが適当なのでしょう。ザルカウィに至っては不可思議としか言い様がありません(笑)。

横レス失礼いたしました。
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