Re: ご都合主義の二元主義論
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2005/12/15 08:49 投稿番号: [85638 / 118550]
>ブッシュ政権は反対意見を左翼だなどといって批判していないし
>反対意見を黙らせようなどという手段もとっていません。
「イラク戦争を支持しない者はテロリストの味方。我々につくか、テロリストの側につくか二つに一つだ」と公言したのは、確か大統領では? 情報統制と国民監視の強化を目的とした「愛国者法」は、合衆国憲法に抵触していませんか? 12月9日付けCapitol Hill Blueの記事によると、この問題に絡んで大統領が側近に「俺の顔に憲法を投げつけるのはやめろ! あんなものは忌々しい紙くずに過ぎん!」と怒鳴ったそうですよ。(ゴシップなので信憑性はあまり高くありませんが…)
とまあ、ブッシュ政権による批判者への隠された攻撃は、合法・非合法、積極的・消極的も含めて、いくつかの例を挙げることが可能なんですが、ここでは少し趣旨が違います。私が言いたいのは、一介の市民であっても、イラク戦争という政策を支持するのであれば、それなりの「理論武装」が必要ですよ…ってことです。善悪二元論からスタートし、組み立てられた理論は、諸端であるところの「善悪を規定する根拠」を問われたら、とたんに崩壊します。批判者への攻撃は、この「論理的欠陥」をカバーする禁じ手だということなのです。
「抵抗軍は『悪』だから退治する。なぜ『悪』なのかと言えば、米軍の敵だから…」では理論になっていません。もし言うなら「米軍はイラクの正当な統治権を持っており、国際社会からイラクの統治を委任されている。したがって、これに抵抗する者は反乱軍であり、反乱軍を鎮圧するのは米軍の使命である。」とでもすべきでしょう。もちろん、米軍が正当な統治権を持っておらず、国際社会も統治委任などしていないことは衆知の事実ですから、この理論も土台が崩れているのですが、少なくとも最初の一方的な「善悪規定」よりはマシなのです。
あなたの場合、「米国がイラクでやろうとしていることは『善い事』である。したがって、妨害する奴は『悪い奴』だ」としていますが、これはあまりに単純すぎます。まず「米国がイラクでやろうとしていることが『善い事』」である保証は、どこにもありません。さらに、その『善い事』を実現するために、武力による攻撃が妥当かつ緊急であったか否かの考察もないのです。WMD問題の急迫性は、間違った情報に基づいていたと判明したことで、崩れています。妥当性についても世界の大勢が「査察継続」であったのに、米国は強引に開戦しました。そうした問題に触れることなく「『善い事』をやろうとしているのだから…」で全てを正当化しようとするのは無理があるのです。
そして、ここからが本題なのですが、「善意」の行為に反対するものが、すべて「悪意」であるとする思考が一番の問題です。米国の「善意」を主張するのは良いとしても、米国の政策に反対する者が「悪意」であると決め付けるのは大きな間違いだということです。「善意」の行為を「善意」の者が反対する構図は、世間一般にヤマと存在しますし、「善意」の行動が必ずしも「善」をもたらすとは限りません。
「善意」で起こした(?)イラク戦争が、国際世界やイラク国民に不評で、今では米国民にも不評となっています。その時、政権支持者が考えるべきことは「どこかで、やり方を間違ったのかもしれない」と自省することです。善意が伝わらない原因を、相手の悪意に求めるべきじゃありません。
しかし、真の政権支持者ではなく、反・政権批判者の場合は、頭からこの「自省」を拒否します。相手の批判を「悪意によるもの」と決め付けて耳を貸さないか、レッテル貼りで「敵陣営」と規定し、反撃に転じます。理由は、批判者の批判を認めることが、政権の敗北ではなく、自らの敗北であると意識するからです。私はこれを「肥大した皮膚感覚の逆転現象」と呼びました。そこで出現する、症状は…、
戦争に反対する者を貶めることが目的化され、本来あった戦争の目的はどうでも良くなるか、「現状が目的だった」とまで居直ります。駐留継続も撤退も、両方が「勝利の証」だという、倒錯した現状認識もここから生まれます。「必要ならば数十年でも駐留する」とライス国務長官が発言した、わずか1ヶ月後に「目的は達成されつつあるから、撤退プランに着手する」と発表されたことを冷静に分析できず、共に「サヨクの言ってきたことが、間違いだったことの証明だ」として「勝利宣言」しちゃうのです。
そこには、米軍の戦死者やイラク国民の犠牲、さらには戦争そのものが存在せず、ただ「自分とサヨクの闘争」があるだけです。
>反対意見を黙らせようなどという手段もとっていません。
「イラク戦争を支持しない者はテロリストの味方。我々につくか、テロリストの側につくか二つに一つだ」と公言したのは、確か大統領では? 情報統制と国民監視の強化を目的とした「愛国者法」は、合衆国憲法に抵触していませんか? 12月9日付けCapitol Hill Blueの記事によると、この問題に絡んで大統領が側近に「俺の顔に憲法を投げつけるのはやめろ! あんなものは忌々しい紙くずに過ぎん!」と怒鳴ったそうですよ。(ゴシップなので信憑性はあまり高くありませんが…)
とまあ、ブッシュ政権による批判者への隠された攻撃は、合法・非合法、積極的・消極的も含めて、いくつかの例を挙げることが可能なんですが、ここでは少し趣旨が違います。私が言いたいのは、一介の市民であっても、イラク戦争という政策を支持するのであれば、それなりの「理論武装」が必要ですよ…ってことです。善悪二元論からスタートし、組み立てられた理論は、諸端であるところの「善悪を規定する根拠」を問われたら、とたんに崩壊します。批判者への攻撃は、この「論理的欠陥」をカバーする禁じ手だということなのです。
「抵抗軍は『悪』だから退治する。なぜ『悪』なのかと言えば、米軍の敵だから…」では理論になっていません。もし言うなら「米軍はイラクの正当な統治権を持っており、国際社会からイラクの統治を委任されている。したがって、これに抵抗する者は反乱軍であり、反乱軍を鎮圧するのは米軍の使命である。」とでもすべきでしょう。もちろん、米軍が正当な統治権を持っておらず、国際社会も統治委任などしていないことは衆知の事実ですから、この理論も土台が崩れているのですが、少なくとも最初の一方的な「善悪規定」よりはマシなのです。
あなたの場合、「米国がイラクでやろうとしていることは『善い事』である。したがって、妨害する奴は『悪い奴』だ」としていますが、これはあまりに単純すぎます。まず「米国がイラクでやろうとしていることが『善い事』」である保証は、どこにもありません。さらに、その『善い事』を実現するために、武力による攻撃が妥当かつ緊急であったか否かの考察もないのです。WMD問題の急迫性は、間違った情報に基づいていたと判明したことで、崩れています。妥当性についても世界の大勢が「査察継続」であったのに、米国は強引に開戦しました。そうした問題に触れることなく「『善い事』をやろうとしているのだから…」で全てを正当化しようとするのは無理があるのです。
そして、ここからが本題なのですが、「善意」の行為に反対するものが、すべて「悪意」であるとする思考が一番の問題です。米国の「善意」を主張するのは良いとしても、米国の政策に反対する者が「悪意」であると決め付けるのは大きな間違いだということです。「善意」の行為を「善意」の者が反対する構図は、世間一般にヤマと存在しますし、「善意」の行動が必ずしも「善」をもたらすとは限りません。
「善意」で起こした(?)イラク戦争が、国際世界やイラク国民に不評で、今では米国民にも不評となっています。その時、政権支持者が考えるべきことは「どこかで、やり方を間違ったのかもしれない」と自省することです。善意が伝わらない原因を、相手の悪意に求めるべきじゃありません。
しかし、真の政権支持者ではなく、反・政権批判者の場合は、頭からこの「自省」を拒否します。相手の批判を「悪意によるもの」と決め付けて耳を貸さないか、レッテル貼りで「敵陣営」と規定し、反撃に転じます。理由は、批判者の批判を認めることが、政権の敗北ではなく、自らの敗北であると意識するからです。私はこれを「肥大した皮膚感覚の逆転現象」と呼びました。そこで出現する、症状は…、
戦争に反対する者を貶めることが目的化され、本来あった戦争の目的はどうでも良くなるか、「現状が目的だった」とまで居直ります。駐留継続も撤退も、両方が「勝利の証」だという、倒錯した現状認識もここから生まれます。「必要ならば数十年でも駐留する」とライス国務長官が発言した、わずか1ヶ月後に「目的は達成されつつあるから、撤退プランに着手する」と発表されたことを冷静に分析できず、共に「サヨクの言ってきたことが、間違いだったことの証明だ」として「勝利宣言」しちゃうのです。
そこには、米軍の戦死者やイラク国民の犠牲、さらには戦争そのものが存在せず、ただ「自分とサヨクの闘争」があるだけです。
これは メッセージ 85603 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/85638.html