Re: 酒井啓子氏の論評
投稿者: moriya99 投稿日時: 2005/11/24 15:30 投稿番号: [84834 / 118550]
>>
詳細に渡る経緯も、結局は「キリスト教徒に教え導かれたい
イスラム教徒はいない」という簡単な原則が貫徹していること
を表している。
>>
これは、大原則ですね。そして、もう一つの大原則がある。
「キリスト教徒に教え導かれたい、大和教徒もいなかった」
にもなります。「イスラム教徒」の部分を任意の○○○にすれば、すべてに共通なんですわ。他文明の価値観を入れたい者などいない。
特に、イスラムは宗教が生きていますから強烈ですね。
だが、この教徒たちも破れて行くのは何か。なぜ、日本は開国をしたか。
戦国時代から江戸初期、多くの宣教師たちがやってきたのに、キリスト教は追い出されてしまった。だが、明治になるとやすやすと入ってしまう。
大正時代には、良家の子女のアクセリになって普及する。
技術や貿易と一緒に入ってくると、易々と壁が破られていくんですね。
そういう大原則がある。それで世界にキリスト教的なものが広がっている。
技術のなかでも、特に軍事技術なんですよ。軍事と一緒に入ってくると抵抗の壁も易々と破られていく。
軍事技術と一緒に行政制度なども入ってくる。宗教もチョロチョロついてくる。
イラクに入ったアメリカは圧倒的に優れた軍事技術で入っている。
そういう意味では、イラクがアメリカを全面的に排除することはないですね。できない。ー
だが、日本の例をみても分かるように、キリスト教が本格的に根付く訳ではない。
今だに良家の子女のアクセサリ以上の地位は得ていない。
だが、行政を入れれば、それと表裏一体でキリスト教はついてくる。
>>
現実の推移は複雑な形をとるが、その流れは
この原則によって容易に予測できるのである。
>>
その通りで、軍事や行政などを入れ、それに付帯しているキリスト教的価値観を受け入れても、心から馴染める訳じゃない。
150年経った日本でもそうですよ。政治、行政、経済、みなキリスト教的原理で動いている制度を受け入れ、キリスト教的価値観も受け入れているが、心から染まりきっている訳ではない。
所詮、借り着なんですよ。だから、建前と本音があって、かなりの部分が本音で動いて行く。独特の調整技術を使って、体形にあわない借り着をきている。本音でないと動かない部分というのが、厳としてあるんですね。それは、非キリスト教的なものと言ってもいい。日本教などと言われますけど。
イスラムの場合は、遥かに困難ですね。宗教の質が違う。まず生きている。日本には、和を尊ぶとか、郷に入ったら郷に従え、長いものに巻かれろ、という処せ術が宗教の近いほどに根づいている。長いものには巻かれていれば殺されるところまではいかない。
だが、長いものが他宗派であったり、他宗教であった場合はそうはいかない。長いものに巻かれている訳にはいかない。巻かれていては殺されてしまう。移動民族の要素が強いイスラムは、和より戦闘が優先する。自分たちを守るのは、ぎりぎり自分いかない、という経験と歴史の中でいきている。そして部族単位で動く。
だから、国内にいくつもの宗派があれば、その対立の解消の困難さは、日本人が想像する以上でしょうね。また、キリスト教徒が圧倒的に優勢なアメリカ国民などの想像を超えたものがある。
まあ、イラクの平穏ということが目的ならば、長い時間がいるでしょうね。
反対に、武力をもって、技術をもって、経済をもって受け入れさせる、という視点かみれば、そこそこに成功し、ひとつの方向に向かっているでしょうね。
イラクに武力でアメリカは追い出されることはない。
ということは、完全に追い出されることはない。
ユーラシアの真ん中に大陸勢力が結託するのを防ぐ橋頭堡を築く、作るというアメリカの目的は、すでに成功し、手にいれているのじゃないですか。建前のイラクの民主化という点からみると、手を焼いているようにみえますけどね。
アメリカをイラクから追い出すために、フランスが、ロシアが、中国が、イラク侵攻することはないでしょうからね。軍事を投入することはない。それだけでも、アメリカのイラク攻撃は成功なんですよ。放置すれば、何処に取り込まれるか分からないイラクを確保したことになりますね。
そして、徐々にですけど、表面はキリスト教の世界標準とかいう価値観を受け入れていくしかない。激しい抵抗はあっても、勝つということはないでしょうね。最低でも、妥協するしかイラクの道はないですね。
詳細に渡る経緯も、結局は「キリスト教徒に教え導かれたい
イスラム教徒はいない」という簡単な原則が貫徹していること
を表している。
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これは、大原則ですね。そして、もう一つの大原則がある。
「キリスト教徒に教え導かれたい、大和教徒もいなかった」
にもなります。「イスラム教徒」の部分を任意の○○○にすれば、すべてに共通なんですわ。他文明の価値観を入れたい者などいない。
特に、イスラムは宗教が生きていますから強烈ですね。
だが、この教徒たちも破れて行くのは何か。なぜ、日本は開国をしたか。
戦国時代から江戸初期、多くの宣教師たちがやってきたのに、キリスト教は追い出されてしまった。だが、明治になるとやすやすと入ってしまう。
大正時代には、良家の子女のアクセリになって普及する。
技術や貿易と一緒に入ってくると、易々と壁が破られていくんですね。
そういう大原則がある。それで世界にキリスト教的なものが広がっている。
技術のなかでも、特に軍事技術なんですよ。軍事と一緒に入ってくると抵抗の壁も易々と破られていく。
軍事技術と一緒に行政制度なども入ってくる。宗教もチョロチョロついてくる。
イラクに入ったアメリカは圧倒的に優れた軍事技術で入っている。
そういう意味では、イラクがアメリカを全面的に排除することはないですね。できない。ー
だが、日本の例をみても分かるように、キリスト教が本格的に根付く訳ではない。
今だに良家の子女のアクセサリ以上の地位は得ていない。
だが、行政を入れれば、それと表裏一体でキリスト教はついてくる。
>>
現実の推移は複雑な形をとるが、その流れは
この原則によって容易に予測できるのである。
>>
その通りで、軍事や行政などを入れ、それに付帯しているキリスト教的価値観を受け入れても、心から馴染める訳じゃない。
150年経った日本でもそうですよ。政治、行政、経済、みなキリスト教的原理で動いている制度を受け入れ、キリスト教的価値観も受け入れているが、心から染まりきっている訳ではない。
所詮、借り着なんですよ。だから、建前と本音があって、かなりの部分が本音で動いて行く。独特の調整技術を使って、体形にあわない借り着をきている。本音でないと動かない部分というのが、厳としてあるんですね。それは、非キリスト教的なものと言ってもいい。日本教などと言われますけど。
イスラムの場合は、遥かに困難ですね。宗教の質が違う。まず生きている。日本には、和を尊ぶとか、郷に入ったら郷に従え、長いものに巻かれろ、という処せ術が宗教の近いほどに根づいている。長いものには巻かれていれば殺されるところまではいかない。
だが、長いものが他宗派であったり、他宗教であった場合はそうはいかない。長いものに巻かれている訳にはいかない。巻かれていては殺されてしまう。移動民族の要素が強いイスラムは、和より戦闘が優先する。自分たちを守るのは、ぎりぎり自分いかない、という経験と歴史の中でいきている。そして部族単位で動く。
だから、国内にいくつもの宗派があれば、その対立の解消の困難さは、日本人が想像する以上でしょうね。また、キリスト教徒が圧倒的に優勢なアメリカ国民などの想像を超えたものがある。
まあ、イラクの平穏ということが目的ならば、長い時間がいるでしょうね。
反対に、武力をもって、技術をもって、経済をもって受け入れさせる、という視点かみれば、そこそこに成功し、ひとつの方向に向かっているでしょうね。
イラクに武力でアメリカは追い出されることはない。
ということは、完全に追い出されることはない。
ユーラシアの真ん中に大陸勢力が結託するのを防ぐ橋頭堡を築く、作るというアメリカの目的は、すでに成功し、手にいれているのじゃないですか。建前のイラクの民主化という点からみると、手を焼いているようにみえますけどね。
アメリカをイラクから追い出すために、フランスが、ロシアが、中国が、イラク侵攻することはないでしょうからね。軍事を投入することはない。それだけでも、アメリカのイラク攻撃は成功なんですよ。放置すれば、何処に取り込まれるか分からないイラクを確保したことになりますね。
そして、徐々にですけど、表面はキリスト教の世界標準とかいう価値観を受け入れていくしかない。激しい抵抗はあっても、勝つということはないでしょうね。最低でも、妥協するしかイラクの道はないですね。
これは メッセージ 84829 (kibi_dangoro さん)への返信です.
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