「フセインをどう裁くのか」NHKBS②
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/10/31 04:00 投稿番号: [83654 / 118550]
・1988年ハラブジャ虐殺事件:五千人以上の民間人が犠牲
中東ジャーナリスト・エリック・ルロー氏は、
「米仏の対応は同じでした。大虐殺を黙殺したのです。
話を封じ込めて、この事件について、誰も語ろうとしなかったのです」
元仏外相ローラン・デュマ氏は、
「イラクをかばったのではありません。あれは当時の外交的な表現でした」
「欧米はルール違反にほんの少し目をつぶりました」
「イラクは中東のバランスを保つ上で、戦略的に重要だったのです」
当時の上院スタッフ、ピーター・ガルブレイスは、虐殺の証拠を持つクルド人
指導者を国務省に紹介しようとしますが、実現できませんでした。
「米政府はクルド人指導者との面会を拒否しました。
しかも私達は反イラク勢力との接触を禁じられていたのです」
<理由は?>
「皆、フセインを困らせたくなかったからです」
「レーガン政権も、ブッシュ政権も、毒ガスや被害を受けたクルド人の話など
トラブルの原因になることは一切聞きたくなかったのです」
「制裁法案に反対する姿勢を取りまとめたのは、当時の安全保障問題担当補佐官
パウエルでした」
武器取引問題専門家ゲイリー・ミルホリン氏は、
「イラクの化学兵器開発に一番貢献したのは独です。仏もかなりの物資を供給
していたようです。仏はプロテクという会社を中心に独企業数社と共に数百万
ドル相当の化学プラントをイラクに輸出していたのです」
「それがどんな結果を招くか分かっていたのでしょうか?」
「分かっていたでしょう。少なくとも強い疑念は抱いていた筈です」
プロテク社は、1987年バグダッドの北に化学プラントを建設していました。
当時、プロテク社と独企業数社は、イラクに建設したのは、化学肥料工場だと
していました。
問題の真相は、国連査察団が長年に渡りイラクで押収した膨大な資料の中に
書かれている可能性があります。
現在、それらの資料は、ニューヨークの国連本部に機密扱いで保管されて
います。
<国連は?>「極秘だと」「理由があるとすれば、企業をかばっているのです」
・1990年クウェート侵攻
ブッシュ大統領は、イラク軍が戦時動員されたという情報に対策を講じません
でした。フセインのジェスチャーだとみたからです。
ブッシュは、まだフセインを懐柔しようと必死になっていたと言われます。
イラクを将来有望な市場とみていたというのです。
武器拡散抑止センター、ピーター・ガルズレイズ氏は、
「米には幻想がありました。中東で次に覇権を握るのはイラクだ。
底無しに金を持っている。米の重要なパートナーになるという幻想です」
更に米外交官は、イラクがクウェートを侵攻しても米は介入しないという印象を
フセインに与えてしまったのです。
侵攻の八日前、米大使のエイプリル・グラスピーと接見していました。
大使は国境紛争に米は介入しないと確約しました。
二日後、ワシントンでは、ジョン・ケリー国務次官補が公聴会に出席しました。
リー・ハミルトン下院議員は、「フセインがクウェートに侵攻したらどう対応
するのか」と問いただしました。
「条約上の義務があるのかと聞くと、次官補が義務は一切ないと答えたのを
覚えています」
「フセインをつけあがらせた責任は逃れようがありません」
(トム・ラントス下院議員)
仏企業トムソンが数億ドルでイラクに売った超高性能の防衛レーダーシステム
仏軍からシステムの仕組みや弱点を教えてもらう。
仏は自国のシステムを解体する羽目になりました。
80年代、イラク軍の精鋭部隊は、米陸軍のグリーンベレーで特殊訓練を受ける
為、米に派遣されました。
「グリーンベレーではゲリラ戦の訓練を行っていました。もしイランが優勢に
戦争を進めたら、イラク軍の部隊は地下へ潜り、抵抗を続ける必要があった
からです。その為、イラク軍部隊は自国でゲリラ戦を展開できるよう訓練され
たのです」
中東ジャーナリスト・エリック・ルロー氏は、
「米仏の対応は同じでした。大虐殺を黙殺したのです。
話を封じ込めて、この事件について、誰も語ろうとしなかったのです」
元仏外相ローラン・デュマ氏は、
「イラクをかばったのではありません。あれは当時の外交的な表現でした」
「欧米はルール違反にほんの少し目をつぶりました」
「イラクは中東のバランスを保つ上で、戦略的に重要だったのです」
当時の上院スタッフ、ピーター・ガルブレイスは、虐殺の証拠を持つクルド人
指導者を国務省に紹介しようとしますが、実現できませんでした。
「米政府はクルド人指導者との面会を拒否しました。
しかも私達は反イラク勢力との接触を禁じられていたのです」
<理由は?>
「皆、フセインを困らせたくなかったからです」
「レーガン政権も、ブッシュ政権も、毒ガスや被害を受けたクルド人の話など
トラブルの原因になることは一切聞きたくなかったのです」
「制裁法案に反対する姿勢を取りまとめたのは、当時の安全保障問題担当補佐官
パウエルでした」
武器取引問題専門家ゲイリー・ミルホリン氏は、
「イラクの化学兵器開発に一番貢献したのは独です。仏もかなりの物資を供給
していたようです。仏はプロテクという会社を中心に独企業数社と共に数百万
ドル相当の化学プラントをイラクに輸出していたのです」
「それがどんな結果を招くか分かっていたのでしょうか?」
「分かっていたでしょう。少なくとも強い疑念は抱いていた筈です」
プロテク社は、1987年バグダッドの北に化学プラントを建設していました。
当時、プロテク社と独企業数社は、イラクに建設したのは、化学肥料工場だと
していました。
問題の真相は、国連査察団が長年に渡りイラクで押収した膨大な資料の中に
書かれている可能性があります。
現在、それらの資料は、ニューヨークの国連本部に機密扱いで保管されて
います。
<国連は?>「極秘だと」「理由があるとすれば、企業をかばっているのです」
・1990年クウェート侵攻
ブッシュ大統領は、イラク軍が戦時動員されたという情報に対策を講じません
でした。フセインのジェスチャーだとみたからです。
ブッシュは、まだフセインを懐柔しようと必死になっていたと言われます。
イラクを将来有望な市場とみていたというのです。
武器拡散抑止センター、ピーター・ガルズレイズ氏は、
「米には幻想がありました。中東で次に覇権を握るのはイラクだ。
底無しに金を持っている。米の重要なパートナーになるという幻想です」
更に米外交官は、イラクがクウェートを侵攻しても米は介入しないという印象を
フセインに与えてしまったのです。
侵攻の八日前、米大使のエイプリル・グラスピーと接見していました。
大使は国境紛争に米は介入しないと確約しました。
二日後、ワシントンでは、ジョン・ケリー国務次官補が公聴会に出席しました。
リー・ハミルトン下院議員は、「フセインがクウェートに侵攻したらどう対応
するのか」と問いただしました。
「条約上の義務があるのかと聞くと、次官補が義務は一切ないと答えたのを
覚えています」
「フセインをつけあがらせた責任は逃れようがありません」
(トム・ラントス下院議員)
仏企業トムソンが数億ドルでイラクに売った超高性能の防衛レーダーシステム
仏軍からシステムの仕組みや弱点を教えてもらう。
仏は自国のシステムを解体する羽目になりました。
80年代、イラク軍の精鋭部隊は、米陸軍のグリーンベレーで特殊訓練を受ける
為、米に派遣されました。
「グリーンベレーではゲリラ戦の訓練を行っていました。もしイランが優勢に
戦争を進めたら、イラク軍の部隊は地下へ潜り、抵抗を続ける必要があった
からです。その為、イラク軍部隊は自国でゲリラ戦を展開できるよう訓練され
たのです」
これは メッセージ 83653 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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