対イラク武力行使

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「ファルージャ2004年4月」現代企画室

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/10/28 06:39 投稿番号: [83516 / 118550]
  「ファルージャ   2004年4月」ラフール・マハジャン他:
  翻訳:益岡賢+いけだよしこ(現代企画室)1500円+税

  執筆陣は米英の学者、ジャーナリスト、NGO活動家の4人です。

・1991年湾岸戦争時:ファッルージャの市場に爆撃;約200人死亡
             他にも爆撃数件
・2003年3月:ファッルージャにも空爆
・4月28日小学校を占拠した米軍への抗議デモに発砲;約15人死亡
  (米軍は銃撃を受けたと主張。ヒューマンライツ・ウォッチ調査団は米軍への
   銃撃=弾痕などの証拠を発見できず)
・ファッルージャ現地指導者達が文民行政委員会を設置し、行政官と市長を選出
・6月30日:米軍がファッルージャのモスクを襲撃
・9月12日:米軍が地元治安組織の車を誤射;14人死亡
・9月18日:結婚式の祝砲を攻撃と誤認した米兵が発砲;少年1人死亡
・9月22日:米軍機が民家を襲撃;3人死亡
・11月2日:米軍ヘリ撃墜;米兵15人死亡
・2004年1月6日:米軍偵察ヘリ撃墜;米兵1人死亡
・1月8日:米軍ヘリ墜落;米兵9人死亡
・3月31日:民間傭兵会社ブラックウォーター社員4人襲撃
イラクの人々にはこれら「民間軍事会社の社員」と「米軍兵士」とを区別する
  ことは不可能であると思います。「民間人」を意図的に狙ったわけではないと
  思います。

「バグダッド・シュアラ地区から米軍が撤退させられたのは、スンニ派とシーア
  派の人々が団結して闘ったからであり、サドル師のマハディ軍ではなく、地元
  の組織化されていない人々の力であった」
「ファッルージャを救え!」という合言葉がイラク全土で巻き起こりました。
  ファッルージャへ向かう筆者達の車にも、沿道の人々が次々と食糧などを投げ
  込んでいました。

  ファッルージャでの停戦、しかし、実は、『停戦』とは、500ポンド爆弾を
投下していないという意味ではあっても、狙撃兵は狙撃を行っていました。
  ファッルージャでの被害の多くは、狙撃兵による狙撃です。
  しかも、家の前で狙撃された家族の遺体を、更なる狙撃を恐れて葬ることがで
きず、放置したままの状態が長く続く、、、まさに修羅場です、、、

  現地の診療所でボランティア活動を行っていたアメリカ人NGOの証言:
「米軍の攻撃の犠牲者がひとりまたひとりと診療所に運び込まれていたが、
  そのほとんど全員が女性と子どもだった」
「私がファルージャから報告できるのは、停戦など現在されていないし、おそら
  くはこれまでにも一度もなかったということである。イラク人の女性や子どた
  ちが米軍の狙撃兵に撃たれている。」(4/13)

電気が通っていないファッルージャの真っ暗な夜、サイレンを鳴らし、ランプ
を点滅させている赤新月社の救急車が何度も銃撃を受けています。
救急車を他の何かと間違えたなどとは考えられません。
  救急車が狙撃兵に撃たれ、女性と子供達が撃たれている光景に、
「私は47年間、バカだった。ヨーロッパの文明とかアメリカの文明といった
  ものを信じていたんだ」という悲痛な言葉には衝撃を受けました。
パレスチナでイスラエル軍が赤新月社の救急車を何度も銃撃していることを想起
せざるを得ませんでした。アラブの人達も同じようにアナロジーしたのではない
でしょうか?   ここもパレスチナと同じになったと。

  ファッルージャの医師達は、米軍がクラスター爆弾と国際法違反と言われる
ダムダム弾を使用していると訴えています。
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