批判=対話が成り立つ要件を満たしているか
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/09/30 05:00 投稿番号: [81381 / 118550]
今晩は、はじめまして、revolver_1945 さん。
>バスラの事件について議論するとすれば、
>このトピでするのがスジだと思いますよ。
>文学カテなんかでするのは筋違いですね。
>ここで、同様にこの問題に関心のある人たちの前で、
>堂々と持論を展開できないということのほうが、
>「自信がない」のではないかな?
それは違うと私は思いますよ。
貴方の紹介して下さった発言は読みました。
とても興味深い発言で、
私は、そういう発言を読むことができたことを、とても感謝しています。
つまり、そういう発言があったと紹介して下さったことに対しては、
貴方に感謝致します。
機会があれば、御本人に直接、是非お教え頂きたいこともあります。
(サドル派とファディーラ党の関係等)
その場合、当然、その方の発言に直接レスを付けます。
それが筋というものではないですか?
紹介するだけならともかく、
その内容を、本人の知らない別の所で、批判するというのは、
良くないと思いますよ。
逆の立場で、貴方が、同様のことをされたら、どう思いますか?
批判は自由とはいっても、
本人に対して、批判しなければ、
批判=対話が成り立つ要件を満たしていないのではないですか。
厳しい言い方をさせて頂ければ、「便所の落書き」になってしまうと
私は思います。
直接には関係性を持てない、遠い存在に対してなら、
直接的ではない批判もありだとは思いますが、
この場合は、簡単に直接レスが付けられますからね。
>よそのトピで、このトピやこのトピの投稿者たちの悪口を言っているところを
>しばしばお見かけしますね。
そういう行為があったかどうかは、私には興味・関心はありませんが、
貴方は、そういう行為に否定感を感じているんですよね?
もしそうなら、そういう否定的なことは、なさらないはずではないですか。
でないと、論理的には、同罪ということになりますよね?
これは メッセージ 81380 (revolver_1945 さん)への返信です.
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