ついでに「岸壁の母」も貼っておこう
投稿者: battamother666 投稿日時: 2005/09/24 22:10 投稿番号: [80878 / 118550]
岸壁の母
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
岸壁の母(がんぺきのはは)とは、ソ連による不法抑留から開放され、引揚船で帰ってくる息子の帰りを待つ母親をマスコミ等が取り上げた呼称。
ソ連からの引揚船が着くたびに何時でも見られた光景であったが、時間の経過とともに、毎回、同じような顔ぶれの人が桟橋の脇に立つ姿が見受けられるようになり、これがいつしか人々の目に止まり、マスコミによって「岸壁の母」として取り上げられ、たちまち有名になったのである。
そのなかでも、菊池章子、二葉百合子のレコードで一躍有名になった「岸壁の母」のモデルといわれる東京都の老婦人は、1950年(昭和25年)1月、初めてソ連ナホトカからの引揚船が舞鶴港へ入港して以来、実に6年間もその都度、舞鶴へやって来て息子の姿を求め「もしや、もしや」と桟橋に立ち続けた。しかし、1956年(昭和31年)には息子の戦死公報が届くが信用せず、「いつかは必ず帰って来る」と37年間抱き続けた願いも届かず、遂に1981年(昭和56年)7月に亡くなった。(実は息子さんは上海で生存していた。)
「岸壁の母」の歌
http://www5a.biglobe.ne.jp/~ada-kazu/new_page_300.htm
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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