意識の改革<bakayuumongabakajyaiさん
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/09/15 01:29 投稿番号: [80284 / 118550]
>サッカーと政治では次元が違うと思われるでしょうが
その神髄において、相違はないでしょう。
>私はこの川渕というひとの実行力と決断力、そしてそれを推進させるための理念の説明力、粘り強さ、これこそがリーダーの資質だと思っております。
これは全て小泉氏も当てはまっていませんか?
「実行力と決断力」―特に今回の郵政民営化否決による解散宣言と、その実行。
「粘り強さ」―小泉氏は1980年代からずっと一貫して財投の病巣を指摘し、その改革を唱えてきました。あらゆる圧力と壁を乗り越えて、やっと今それを手にしようとしている。粘り勝ちですよね。
ただひとつ「理念の説明力」ということにおいては、彼は「何の説明もない」とか「説明が足りない」とか言われました。
しかし、これは今になって思えば、全て計算内のことだったということです。つまりは自民党党内の調整と、最終局面の国会審議を考慮して、ぎりぎりまでフリーハンドをという計算があったからという見方があります。今回の結果で、それが事実であることを裏付けました。
そういう小泉氏の思惑を測りかねた国民は、「何か企んでいるに違いない」とか「アメリカ追従だからだ」とかネガティブに憶測しました。
しかし、今回の選挙遊説中、彼は力強く雄弁にその理念を語りましたね。それで多くの人達が感じ入った。(むろん未だに疑っている人もいるが)
というわけで、好き嫌いはあるでしょうが、彼はリーダーとして十分条件を満たしていると思いますよ。今、世界でもそういう見方が強まっていますね。
ただ、誤解して貰いたくないのは、私はその小泉氏の政策を手放しに肯定しているわけではないのです。あくまでも、日本における歴代総裁の中で、珍しく俗な欲が無いという点を評価しているのです。
そして、小泉氏によって意識革命を促されるという部分もあるでしょうが、あくまでもそれは極小です。
我々の意識の変化と、時の為政者の意識と、時の機運がマッチしたということです。
だから、「市民の意識の力の集合体が、政治の変革をもたらしたのであって、小泉首相はその方向性を指し示しただけに過ぎない。」という表現をしたのです。
そして、「成功しようがしまいが、どうでも良い」というのは、これは人類の長い歴史から見たらという意味での俯瞰的な見方です。
近未来的、かつ現実的な見地から言えば、当然失敗はゆゆしき問題です。
ちょっと次元を変えて発言すると、何かと誤解を招きますね。かつての「自殺は自然淘汰だ」という表現もそうでしたし。
ま、できるだけ誤解されないよう、具体的表現に努めることにします。
その神髄において、相違はないでしょう。
>私はこの川渕というひとの実行力と決断力、そしてそれを推進させるための理念の説明力、粘り強さ、これこそがリーダーの資質だと思っております。
これは全て小泉氏も当てはまっていませんか?
「実行力と決断力」―特に今回の郵政民営化否決による解散宣言と、その実行。
「粘り強さ」―小泉氏は1980年代からずっと一貫して財投の病巣を指摘し、その改革を唱えてきました。あらゆる圧力と壁を乗り越えて、やっと今それを手にしようとしている。粘り勝ちですよね。
ただひとつ「理念の説明力」ということにおいては、彼は「何の説明もない」とか「説明が足りない」とか言われました。
しかし、これは今になって思えば、全て計算内のことだったということです。つまりは自民党党内の調整と、最終局面の国会審議を考慮して、ぎりぎりまでフリーハンドをという計算があったからという見方があります。今回の結果で、それが事実であることを裏付けました。
そういう小泉氏の思惑を測りかねた国民は、「何か企んでいるに違いない」とか「アメリカ追従だからだ」とかネガティブに憶測しました。
しかし、今回の選挙遊説中、彼は力強く雄弁にその理念を語りましたね。それで多くの人達が感じ入った。(むろん未だに疑っている人もいるが)
というわけで、好き嫌いはあるでしょうが、彼はリーダーとして十分条件を満たしていると思いますよ。今、世界でもそういう見方が強まっていますね。
ただ、誤解して貰いたくないのは、私はその小泉氏の政策を手放しに肯定しているわけではないのです。あくまでも、日本における歴代総裁の中で、珍しく俗な欲が無いという点を評価しているのです。
そして、小泉氏によって意識革命を促されるという部分もあるでしょうが、あくまでもそれは極小です。
我々の意識の変化と、時の為政者の意識と、時の機運がマッチしたということです。
だから、「市民の意識の力の集合体が、政治の変革をもたらしたのであって、小泉首相はその方向性を指し示しただけに過ぎない。」という表現をしたのです。
そして、「成功しようがしまいが、どうでも良い」というのは、これは人類の長い歴史から見たらという意味での俯瞰的な見方です。
近未来的、かつ現実的な見地から言えば、当然失敗はゆゆしき問題です。
ちょっと次元を変えて発言すると、何かと誤解を招きますね。かつての「自殺は自然淘汰だ」という表現もそうでしたし。
ま、できるだけ誤解されないよう、具体的表現に努めることにします。
これは メッセージ 80278 (bakayuumongabakajyai さん)への返信です.
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