対イラク武力行使

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初めて知ったんだろ?高橋是清を(w)

投稿者: ahuramazda1945 投稿日時: 2005/08/31 01:17 投稿番号: [78750 / 118550]
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☆ しかも、先生の御指摘のこのサイトの第五章の2枚めにこんな記事が載っていて、今と非常によく似たような状況のときに同じようなあだ名の「ライオン宰相」として有名だった浜口内閣のときの恐慌の克服の手段として、通過供給量拡大も含めて「複合的に」対処した事例を挙げていますが、こういう事でしょう?
☆ まあこれは、恐慌が起こって以降の対処だけど、経済復興の方法論として「通過供給量の拡大」を手段として使っている事には間違いが無いよね?
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  わが国の大規模なリフレ策の実施例として高橋財政がありました。
金解禁を契機に発生した昭和恐慌を克服するため、1931年12月の金本位制からの離脱、翌年3月以降の金融緩和、同年6月の補正予算提出とその財源として国債の日銀引き受け実施方針の表明、という順に政策が進められました。
この結果、外需や政府支出を中心に需要が増加し、景気は32年半ば以降、回復に向かいました。
つまり、金本位体制からの離脱と市場への大幅に資金供給量を増加させることに依り、有効需要の増加と、昭和恐慌中の設備ストックの調整が進展したことによって需給ギャップが縮小し、デフレは終息しました。
その後、世界景気の回復による輸出拡大や、外需と軍需の拡大を背景にした設備投資の活発化で、本格的な景気拡大局面に入っていったという歴史が存在します。


  しかし、高橋財政時の状況と現在の状況を同じと捉えていると間違った経済施策を進めてしまうことにつながると思われます。

  高橋財政当時の景気回復の牽引役は外需と政府部門が中心であり、現在の日本経済の中心は民需であります。また、当時の日銀は、市中売却を前提に国債を引き受けており、リフレ論者が実施すべきと主張する政府債務の貨幣化を意図していたわけではありません。
  また、昭和恐慌当時の日本では、実体経済の悪化と物価下落がスパイラル的に続くデット・デフレーションが発生していたといわれます。
つまり、当時起きていた現象は、物価の下落を原因として、
○企業収益の悪化による、生産活動や雇用の縮小
○実質金利が引き上げられたことで企業の債務負担感を強め、企業に一層の債務削減を強められた
  という、経緯をたどりました。

  しかし、現状では、物価の下落幅はわずかであり、また、物価と企業収益の間に明確な関連はみられていません。さらに、実質金利の水準も、昭和恐慌と比べれば格段に低い。つまり、現在の日本においては、デット・デフレーションが発生しているとはいえないのです。デット・デフレーションが発生していた昭和恐慌下では、物価下落に歯止めをかけることは景気浮揚に必要不可欠の条件であったが、現状ではそうとはいえないのです。

  高橋財政の政策の効果が一定の成功をみせた理由として、金本位制からの離脱に伴い大幅な円安となったことが、輸出価格の上昇や外需の拡大を通じて国内物価の反転上昇に大きく貢献したということです。しかし、現在では、円安誘導策の採用は困難です。
これだけの経済規模を誇る国が円安政策を採用したときに、どれだけ世界規模の影響が生じるか考えてみただけでも理解できるでしょう。

そして、当時は、地価変動の経済への影響が比較的軽微であった。したがって、一般物価の下落に歯止めがかかるにつれ、地価の下落も収まった。しかし、現在の状況はバブル期に、地価が一般物価に比べて大幅に上昇した結果であり、仮に大規模なリフレ策によって一般物価を一時的にプラスにすることが出来たとしても、地価の下落は継続し、景気を下押しすることが予想されます。すなわち、一時的なリフレ策を行ったとしても、効果が薄れるに従い、景気が再び悪化する可能性がある。


  そういった、歴史や経済理論を知りもしない人間が、生半可な主張を声高に主張することがいかに「嘲笑」ものであるのかの証明なのでしょう。
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