>戦争の是非を問う
投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2005/08/14 16:22 投稿番号: [77257 / 118550]
>夥しい「他人」の命の犠牲の上に、自由や民主主義やら平和やらがもたらされたことを手放しに喜んだり、肯定したりするのは繊細さに欠ける
私はよく軍事的な作戦の意味でこの戦争は成功したのかどうかという判断をする。例えば、味方の犠牲10人で敵を100人殺して砦を押さえたとすれば、この作戦は成功だったと考える。しかしだからといって私は味方の犠牲者10人の命を軽んじているわけではない。
繰り返しいうが、この世の中に完璧な解決方法は存在しない。あるのは、トレードオフtrade off だけだ。つまりある状態と別の状態を比べた時、どちらがより良い、または悪いことが少ない状態か、という判断しかできないのである。
事実
1)戦争では人が死ぬ。
2)事実1)を変えることはできない。
だから我々が戦争が是か否かを問う時、戦争をすることとしないこととでいったいどの状態がより好ましいのか、また好ましくない状態が少なくてすむのか、それを問うべきなのである。
戦争の犠牲者の死を無駄にしないためにも、戦争後の社会は戦前の社会よりも改善されていなければならない。もし戦後の社会が戦前よりもずっとよい世の中になっていれば、あの戦争は犠牲をだしてまでやるだけの価値はあったと判断されるのだ。
しかし戦争が正しかったと判断したからといって、戦争でなくなった犠牲者の人々の死を軽んじるということにはならない。むしろ犠牲者の死を無駄にしないためにも戦後の社会をよりよいものにしていくのが生き残ったものの責任というものだろう。
これは メッセージ 77250 (battamama さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/77257.html