激変イラクの政治力学
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2005/07/19 23:51 投稿番号: [75508 / 118550]
今日のテレビでも
【アメリカのイラクへの影響力は弱まっている】とか。
さあ、英軍撤退後に、自衛隊護衛をイラク軍に任せられるのか?
【東京新聞・特報】から・・
★ イラク情勢は現在、大きな転機を迎えている。「米国離れ」が水面下で進行し、政治の主導権は米国から国内各派に移りつつある。
各派は一九八〇年代の「イラン・イラク戦争の再燃」とも映るイスラム教シーア派のイラン亡命組と同スンニ派の対立を頂点とし、
内戦含みの様相をみせる。この力関係の激変は、米軍の傘の下にある駐留自衛隊にも深刻な影響を及ぼしそうだ。 (田原拓治)
六月下旬、イラク抵抗勢力の一部と米国担当者の秘密会合が英国紙にすっぱ抜かれた。報道では、抵抗勢力は米軍に撤退期限の設定を求めたが、米国側が拒んで話し合いは決裂した。
名指しされた抵抗勢力は「報道は事実無根」と否定したが、ラムズフェルド米国防長官は認めた。
【さらに「米軍は抵抗勢力を打ち負かせないかもしれない。だが、イラク人自身が十年かそれ以上かけ、反乱を制圧する道筋はつけられるかもしれない」と、意外なほどの“弱音”を口にした。】
弱音の裏には、今春の移行政府発足後、再燃した抵抗勢力の攻撃に加え、米国と連携してきた移行政府内部に「米国離れ」が明白になってきた経緯がある。
それは昨年六月の主権移譲後、米国が指名した「暫定政府」と、今年一月の選挙後の「移行政府」の構成を比べれば、明らかだ。
暫定政府のアラウィ前首相は、旧政権を率いた元バース党員のうち、反フセイン政権に転じた「イラク国民合意(INA)」の首領。亡命した後は米中央情報局(CIA)とも通じた世俗主義の親米派だ。さらに暫定政府には、スンニ派の穏健な宗教勢力「イスラム党」も加わっていた。
だが、移行政府の発足に伴い、INAやイスラム党の姿は消えた。スンニ派からは部族代表として、サアドゥン・ドレイミー国防相が加わったが、国防相の地元は反米機運が強い中部で親米ポーズはとりにくい。
■『抵抗勢力に勝てぬかも』
シーア派でも変動が起きた。イラン亡命組で、イラン・イラク戦争ではイラン側に立ったイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)や、移行政府のジャファリ首相率いるアッダワ党は続けて権力を握る。
しかし、暫定政府では枠外だった非亡命組で、米国と「貸し借り」がないファディーラ党や反米を掲げるサドル派が移行政府に加わり、サドル派からはサラーム・マーリキー運輸相(同派政治局員)が入閣。シーア派全体としては明らかに米国との距離が開いた。
移行政府のタラバニ大統領ら、北部のクルド勢力こそ大きな変化はないが、移行政府全体としては相対的に米国離れが進んだ形だ。
戦闘を激化させているスンニ派主流の抵抗勢力は、(1)イスラム急進主義勢力(2)旧政権残党グループ(3)反旧政権派で世俗的なアラブ民族主義勢力(4)犯罪者集団−などに大別される。数回にわたる米国の「制圧間近」という宣伝にもかかわらず、現在まで戦闘能力の低下はみられない。
抵抗勢力による戦闘激化と既存政権の米国離れ、さらに、「ブッシュ政権のイラク政策反対」が56%に上る米国世論が国防長官の弱音の背景にあるようだ。
懸念されるのは、米国離れが明らかになったイラクの国内情勢が、安定より内戦へ向かっている点だ。八〇年から八八年の停戦まで続いたイラン・イラク戦争の「国内版」ともいえる緊張がスンニ、シーア両派の間に生まれている。
米ナイト・リッダー通信は移行政府の発足後、バグダッドの中央死体置き場に無差別逮捕されたスンニ派住民の遺体が急増中と報じた。スンニ派聖職者の誘拐と殺害も相次いでいる。
五月下旬、スンニ派の知識人ら約千人が政府に独自調査団設立とSCIRIに属するバヤーン・ジャブル内相の責任追及を求めた。というのも「スンニ派狩り」を米軍と展開している内務省特殊部隊(オオカミ部隊)の実体が、SCIRIの軍事部門「バドル軍団」とみられているためだ。
バドル軍団はイラン・イラク戦争中、イラク人捕虜をイランで拷問したことで知られる。その暗い記憶とSCIRIがシーア派急進主義である点から、世俗的な抵抗勢力は六月下旬、首都のSCIRI事務所を爆破、七月一日にはアッダワ党事務所を自爆攻撃するなど抗争は激化の一路だ。
【アメリカのイラクへの影響力は弱まっている】とか。
さあ、英軍撤退後に、自衛隊護衛をイラク軍に任せられるのか?
【東京新聞・特報】から・・
★ イラク情勢は現在、大きな転機を迎えている。「米国離れ」が水面下で進行し、政治の主導権は米国から国内各派に移りつつある。
各派は一九八〇年代の「イラン・イラク戦争の再燃」とも映るイスラム教シーア派のイラン亡命組と同スンニ派の対立を頂点とし、
内戦含みの様相をみせる。この力関係の激変は、米軍の傘の下にある駐留自衛隊にも深刻な影響を及ぼしそうだ。 (田原拓治)
六月下旬、イラク抵抗勢力の一部と米国担当者の秘密会合が英国紙にすっぱ抜かれた。報道では、抵抗勢力は米軍に撤退期限の設定を求めたが、米国側が拒んで話し合いは決裂した。
名指しされた抵抗勢力は「報道は事実無根」と否定したが、ラムズフェルド米国防長官は認めた。
【さらに「米軍は抵抗勢力を打ち負かせないかもしれない。だが、イラク人自身が十年かそれ以上かけ、反乱を制圧する道筋はつけられるかもしれない」と、意外なほどの“弱音”を口にした。】
弱音の裏には、今春の移行政府発足後、再燃した抵抗勢力の攻撃に加え、米国と連携してきた移行政府内部に「米国離れ」が明白になってきた経緯がある。
それは昨年六月の主権移譲後、米国が指名した「暫定政府」と、今年一月の選挙後の「移行政府」の構成を比べれば、明らかだ。
暫定政府のアラウィ前首相は、旧政権を率いた元バース党員のうち、反フセイン政権に転じた「イラク国民合意(INA)」の首領。亡命した後は米中央情報局(CIA)とも通じた世俗主義の親米派だ。さらに暫定政府には、スンニ派の穏健な宗教勢力「イスラム党」も加わっていた。
だが、移行政府の発足に伴い、INAやイスラム党の姿は消えた。スンニ派からは部族代表として、サアドゥン・ドレイミー国防相が加わったが、国防相の地元は反米機運が強い中部で親米ポーズはとりにくい。
■『抵抗勢力に勝てぬかも』
シーア派でも変動が起きた。イラン亡命組で、イラン・イラク戦争ではイラン側に立ったイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)や、移行政府のジャファリ首相率いるアッダワ党は続けて権力を握る。
しかし、暫定政府では枠外だった非亡命組で、米国と「貸し借り」がないファディーラ党や反米を掲げるサドル派が移行政府に加わり、サドル派からはサラーム・マーリキー運輸相(同派政治局員)が入閣。シーア派全体としては明らかに米国との距離が開いた。
移行政府のタラバニ大統領ら、北部のクルド勢力こそ大きな変化はないが、移行政府全体としては相対的に米国離れが進んだ形だ。
戦闘を激化させているスンニ派主流の抵抗勢力は、(1)イスラム急進主義勢力(2)旧政権残党グループ(3)反旧政権派で世俗的なアラブ民族主義勢力(4)犯罪者集団−などに大別される。数回にわたる米国の「制圧間近」という宣伝にもかかわらず、現在まで戦闘能力の低下はみられない。
抵抗勢力による戦闘激化と既存政権の米国離れ、さらに、「ブッシュ政権のイラク政策反対」が56%に上る米国世論が国防長官の弱音の背景にあるようだ。
懸念されるのは、米国離れが明らかになったイラクの国内情勢が、安定より内戦へ向かっている点だ。八〇年から八八年の停戦まで続いたイラン・イラク戦争の「国内版」ともいえる緊張がスンニ、シーア両派の間に生まれている。
米ナイト・リッダー通信は移行政府の発足後、バグダッドの中央死体置き場に無差別逮捕されたスンニ派住民の遺体が急増中と報じた。スンニ派聖職者の誘拐と殺害も相次いでいる。
五月下旬、スンニ派の知識人ら約千人が政府に独自調査団設立とSCIRIに属するバヤーン・ジャブル内相の責任追及を求めた。というのも「スンニ派狩り」を米軍と展開している内務省特殊部隊(オオカミ部隊)の実体が、SCIRIの軍事部門「バドル軍団」とみられているためだ。
バドル軍団はイラン・イラク戦争中、イラク人捕虜をイランで拷問したことで知られる。その暗い記憶とSCIRIがシーア派急進主義である点から、世俗的な抵抗勢力は六月下旬、首都のSCIRI事務所を爆破、七月一日にはアッダワ党事務所を自爆攻撃するなど抗争は激化の一路だ。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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