>>>憎むならテロの悪を憎め
投稿者: need2003jp 投稿日時: 2005/07/10 17:29 投稿番号: [74646 / 118550]
>普遍の正義など存在しないと言う人に限って、なぜかアメリカの行為は悪だと言い切れるところが面白いね。正義の基準が存在しないのに、どうやってアメリカの行為を裁くことができるのかが不思議でしょうがない。
私の友達に、大学院で発展途上国経済の専攻している男がいる。その男が、ぼやくように言った。
「正義なんていうけど、普遍の正義というものは存在しない。誰も自身の選んだ道を信じ生きる。たとえ、正義など幻想とわかっていてもだ。そして、幾度となく自問自答を繰り返し、時として自分自身を裁くことで迷い悔やみながらも前へと進んできた」
そこで、案山子嬢の話もした。彼は以前、案山子嬢の投稿をみていたので、彼は大きく息をついた。
「正義は勝つか・・・この人の十八番だけど、こういう言葉はあまり使いすぎるといかんよ。が、アメリカは変わったな。他者を悪とすることしか保てぬ正義を振りかざしたところで、テロリストの思う壺だ。冷戦後、アメリカはあまりに強大になりすぎた。確かに、アメリカの考え方は、ソ連に勝ったかもしれない。だが、それ故に、この国の持つ異文化や異なる考え方の寛容性を失ったように見える。それが、ヨーロッパの国々にはない、この国のよさだったのに・・・」
じゃあ、「正義の基準ってなんだろうな」と、問うと、友達はきっぱりと答えた。
「正義の基準なんていうのは、本来は存在しない。そういうと、悪の基準というのも存在しないと等しい、というかもしれないな。例えば、最近のニュースで、米兵がコーランを冒涜するような行為があって、デモが起きたよな。俺らからすれば、コーランというのは、書物というか別に守らなきゃいけないというものではない。けど、イスラムの人たちにおいては、コーランというのは自分たちの存在意義というか、自分たちそのものみたいな大切なものなんだ。それを冒涜するような行為というのは、悪なんだよ。国際社会とは、異なる文化・イデオロギーの集合体だから、その善悪の基準も異なる。国連というのは、そういった異なる価値観が顔をそろえて話し合い、異文化に対する理解を深め、そこでの基準じゃないけど、国際法とかがあると思うんだ。その寛容さ故に、歪曲して利用する人も多いが」
話が脱線しているよ、と私が口を挟むと、彼は「悪い悪い」といって、次のように答えた。
「ただ、これだけはいえる。自らを完全者だと妄信し、考え・苦悩することを放棄したものたちの掲げる正義が正義であるわけがない。それに、他者を悪としか保てない正義は、テロリストに利用されやすい」
なぜだと、私は鋭く尋ねた。友達は、真剣な眼で答えた。
「貧困、宗教、グローバル化・・・この世界で起こっている負の要素は、テロリストにとっては、悪とみなせるに十分値がある。つまり、いずれアメリカだけでなく、様々な問題を抱える世界を悪玉にし、それに対する挑戦状をつきつけてくるかもしれないぞ」
その対策は・・・と聞くと、友達は
「戦争だけでは解決がつかんだろう。この世界の抱える問題に対して、真摯に向き合える機関をつくったりしないといけないが、それは不可能だろう。皆、自分たちの国のことで手一杯だからな」
>アメリカ軍が、テロリストの親玉のザルカウィが逃げ出す可能性があったにも関わらず、住民のほとんどが避難できるまで待ってから攻撃したことだけでも、アメリカ軍は無差別攻撃をする意志がなかったことがわかる。
>なぜ、アメリカ軍はここまで一般市民の犠牲を避けようとするのか?それは正しいことだからだ。いくら敵を倒すためとはいえ、無関係の人間をやたらに巻き込むことは悪であると判断したからだ。ここに、自分たちの女子供を盾にし、無実の庶民を標的に大量殺害するテロリストの悪と、正義の味方との差があるからだ
市民の犠牲を最小限にという気持ちはわかるが、戦争には必ず犠牲がつく。それに、軍事攻撃ともなれば、おたくらの兵器の方が殺傷能力は高いんだよ。
まあ、軍事攻撃で自分たちの大切なものを失った連中からすれば、「テロリストの悪と正義の味方の差」とかは関係ないと思う。どっちにしても、こういった軍事攻撃によって得た犠牲を食い物に、テロが侵食するんだし、この「憎悪」の奔流は止められないかもな。だから、テロ対策というのは一筋縄ではいかない。
まあ、ファルージャとかで数万人規模の派手な軍事攻撃をやっても、国外からのテロリストの侵入が多くなっている状況では、多大なコストをかけている割には、その効果が薄いのかもしれないが。
私の友達に、大学院で発展途上国経済の専攻している男がいる。その男が、ぼやくように言った。
「正義なんていうけど、普遍の正義というものは存在しない。誰も自身の選んだ道を信じ生きる。たとえ、正義など幻想とわかっていてもだ。そして、幾度となく自問自答を繰り返し、時として自分自身を裁くことで迷い悔やみながらも前へと進んできた」
そこで、案山子嬢の話もした。彼は以前、案山子嬢の投稿をみていたので、彼は大きく息をついた。
「正義は勝つか・・・この人の十八番だけど、こういう言葉はあまり使いすぎるといかんよ。が、アメリカは変わったな。他者を悪とすることしか保てぬ正義を振りかざしたところで、テロリストの思う壺だ。冷戦後、アメリカはあまりに強大になりすぎた。確かに、アメリカの考え方は、ソ連に勝ったかもしれない。だが、それ故に、この国の持つ異文化や異なる考え方の寛容性を失ったように見える。それが、ヨーロッパの国々にはない、この国のよさだったのに・・・」
じゃあ、「正義の基準ってなんだろうな」と、問うと、友達はきっぱりと答えた。
「正義の基準なんていうのは、本来は存在しない。そういうと、悪の基準というのも存在しないと等しい、というかもしれないな。例えば、最近のニュースで、米兵がコーランを冒涜するような行為があって、デモが起きたよな。俺らからすれば、コーランというのは、書物というか別に守らなきゃいけないというものではない。けど、イスラムの人たちにおいては、コーランというのは自分たちの存在意義というか、自分たちそのものみたいな大切なものなんだ。それを冒涜するような行為というのは、悪なんだよ。国際社会とは、異なる文化・イデオロギーの集合体だから、その善悪の基準も異なる。国連というのは、そういった異なる価値観が顔をそろえて話し合い、異文化に対する理解を深め、そこでの基準じゃないけど、国際法とかがあると思うんだ。その寛容さ故に、歪曲して利用する人も多いが」
話が脱線しているよ、と私が口を挟むと、彼は「悪い悪い」といって、次のように答えた。
「ただ、これだけはいえる。自らを完全者だと妄信し、考え・苦悩することを放棄したものたちの掲げる正義が正義であるわけがない。それに、他者を悪としか保てない正義は、テロリストに利用されやすい」
なぜだと、私は鋭く尋ねた。友達は、真剣な眼で答えた。
「貧困、宗教、グローバル化・・・この世界で起こっている負の要素は、テロリストにとっては、悪とみなせるに十分値がある。つまり、いずれアメリカだけでなく、様々な問題を抱える世界を悪玉にし、それに対する挑戦状をつきつけてくるかもしれないぞ」
その対策は・・・と聞くと、友達は
「戦争だけでは解決がつかんだろう。この世界の抱える問題に対して、真摯に向き合える機関をつくったりしないといけないが、それは不可能だろう。皆、自分たちの国のことで手一杯だからな」
>アメリカ軍が、テロリストの親玉のザルカウィが逃げ出す可能性があったにも関わらず、住民のほとんどが避難できるまで待ってから攻撃したことだけでも、アメリカ軍は無差別攻撃をする意志がなかったことがわかる。
>なぜ、アメリカ軍はここまで一般市民の犠牲を避けようとするのか?それは正しいことだからだ。いくら敵を倒すためとはいえ、無関係の人間をやたらに巻き込むことは悪であると判断したからだ。ここに、自分たちの女子供を盾にし、無実の庶民を標的に大量殺害するテロリストの悪と、正義の味方との差があるからだ
市民の犠牲を最小限にという気持ちはわかるが、戦争には必ず犠牲がつく。それに、軍事攻撃ともなれば、おたくらの兵器の方が殺傷能力は高いんだよ。
まあ、軍事攻撃で自分たちの大切なものを失った連中からすれば、「テロリストの悪と正義の味方の差」とかは関係ないと思う。どっちにしても、こういった軍事攻撃によって得た犠牲を食い物に、テロが侵食するんだし、この「憎悪」の奔流は止められないかもな。だから、テロ対策というのは一筋縄ではいかない。
まあ、ファルージャとかで数万人規模の派手な軍事攻撃をやっても、国外からのテロリストの侵入が多くなっている状況では、多大なコストをかけている割には、その効果が薄いのかもしれないが。
これは メッセージ 74524 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
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