対イラク武力行使

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どらさんへ>まとめて返答

投稿者: forever_omegatribe 投稿日時: 2005/07/06 23:05 投稿番号: [74410 / 118550]
>あの【ハイサイおじさん】も、確か
【沖縄戦で肉親を失って酒びたりになったおじさんの歌】なんですよ

http://www.koujin.ne.jp/buondou/sel/sel059.html


>戦争の心の傷は、中々癒えないですね。

太陽の子にも、物凄い生々しい証言が出てきます。ろくじいさんの会話文だけを書き抜きます。

「この手を見なさい。よく見なさい」

ろくさんは上着をとり、寒いのにシャツまではいだ。浅黒い皮膚が出て、その胴には手が一本しかついてなかった。

「手榴弾でふっとばされた」

「敵の手榴弾ではない。わしはただの大工で兵隊でなかった。沖縄を守りにきてくれていた兵隊がわしたちに死ねと言った。名誉のために死ねといって手榴弾をくれた。国のために天皇陛下のために死ねと彼らは言った。わたしたちはみんなかたまってその真ん中で手榴弾の信管を抜いた」

「そして、みんな死んだ」

「ええか、この手をよく見なさい。見えないこの手を見なさい。この手でわしはうまれたばかりの吾が子を殺した。赤ん坊の泣き声がもれたら全滅だ、おまえの子供を始末しなさい、それがみんなのためだ、国のためだーわしたちを守りにきた兵隊がいったんだ。沖縄の子供達を守りにきた兵隊がそういったんだ。みんな死んで、その兵隊が生き残った。・・・・この手をよく見なさい。この手はもうないのに、この手はいつまでも、いつまでもわしを打つ」


そして八重山での戦争被害については、主人公の母親が娘に語りかけます。

「お父さんの子供のとき戦争だった。八重山では戦争はなかったというけれど、マラリヤという、爆弾より大砲の弾よりもっとむごいものが人を殺したんや。お父さんの生まれた波照間島の人たちは西表島に強制的に疎開させられて、次々と病気で死んでいったんや。お葬式のない日は一日としてなかったとお父さんはいうてはった。沖縄の昔の家は柱が少ない。発病して熱が出ると、熱のために暴れる人をその柱にくくりつけたんやそうや。そうせんと暴れて海に落ちる。島は隆起珊瑚でできているさかい落ちると顔もなんもぐちゃぐちゃになってしまう。そんなむごいことをしても、朝起きてみると冷たくなっていたそうや。どんなにつらかったことやろう。体力のない年寄りや子供が先に死んだそうや。お父さんも、そうしてたくさんの身内をなくしはった」


>大犯罪者が、中枢を握ってきた厚顔無恥が、今の事態を招いているともいえるでしょうね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835563&tid=a1xbdwc0ad9qbaddc0ohhka1dna1ya4rbcua 41bbdfa4aa4ha4a6&sid=1835563&mid=6489


別とびですけど。松本清張著「昭和史発掘4」の「天皇機関説」によると、
天皇機関説問題で右翼を裏であおったのは平沼騏一郎です。彼は岡田内閣を打倒して、自らの内閣を作りたかったのです。そして国会で絶対多数を取っているのに、政権の座にありつくために、この動きに同調しました。彼らは軍部の皇道派と結びつき、ファショ化を謀りました。

そして文部省からファシズム化がはじまりました。天皇機関説問題よりも以前の京大滝川問題で、安易にファシズムに妥協しました。その時の文部大臣は鳩山一郎です。彼の考えは右翼と一致するところも多かったので、右へ、右へと舵を進めてしまいました。

日本を破滅へと導いた平沼の子供とか鳩山の孫が国会で偉そうな顔をしているので、中々、改善されそうにもないですね。
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