靖国問題の経緯1
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/05/21 08:24 投稿番号: [71651 / 118550]
靖国神社において、誰を祭神とするかを選定しているのは靖国神社ではない。
終戦までは陸軍省および海軍省であり、終戦後は厚生省(厚生労働省)が、戦没者を個別審査して「祭神名票」を作成した。
靖国神社は、これを受理して祭神一柱ごとに「霊璽簿(れいじぼ)」を作り合祀した。
A級戦犯も、この手続き通りに元厚生省から「祭神名票」が送られ、合祀された。
つまり、国民の総意を受けて、国が彼らを「ご祭神」と認定したのである。
靖国神社は、創立130年の記念事業として、崇敬奉賛会に入会した遺族に『祭神之記』を送っている。靖国神社は、戦没者246万の中の名も無き一兵卒もずっと神様として大事にしてきたのだ。
毎年7月13日から4日間「みたままつり」が開催される。
「みたままつり」は、戦後に始まった。GHQは靖国神社を国から切り離し、一時は焼却計画まで立てた。
そんな昭和21年7月の新暦のお盆、生活の苦しい中長野県遺族会が自発的に上京して、靖国神社で盆踊りと民謡でみたまを慰めた。
これに感銘を受けた靖国神社が、翌年から始めたのが「みたままつり」である。
こういう英霊を慰めたいという民間の純粋な思いが戦後ずっと靖国神社を支えてきたのだ。
そんな国民の思いを踏みにじり、靖国神社を政治の道具にしてきたのが、戦後サヨクのマスコミと政治家だ。
靖国神社は民間の浄財で成り立っている。
(ex.アーリントン墓地の費用は全て国費)
「首相の公式参拝は、戦後56年経っても癒えない中国・韓国の人々の心の傷を逆なですることになる」と、かつて某新聞が掲載した。
これは全くの出鱈目である。
戦後40年まで靖国参拝で逆なでされるような「心の傷」など世界の何処にも存在しなかったのだ。元々首相の靖国参拝には、何の問題もなかったのだから。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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