中共得意の情報操作
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/05/14 01:54 投稿番号: [71056 / 118550]
戦争には情報操作はつきもの。
しかし、中共のやることは、心霊写真レベルのお粗末なものばかり。
ここに、売国紙『朝日新聞』が荷担すると、いかにも真実に思えてくるからやっかいだ。
例えば、『朝日新聞』が南京大虐殺の写真として掲載した「生首ゴロゴロ」の写真と日記(1984年8月4日夕刊)
いずれも偽物だった。
この写真は、大阪国際平和センター、愛称「ピースおおさか」の展示パネルでも使用されている。しかも『1920年、朝鮮で日本軍が独立運動を弾圧した虐殺事件の写真』ということで。
漫画『栄光なき天才』では、1941年以降の「三光作戦」の写真として使用されている。
また、中国で出版された『日本侵華図片資料集』では、満州・遼寧の虐殺事件となっている。
更に、満州事変の記念館では、1932年の「平頂山事件の」写真だと説明されている。
たった1枚の残虐写真が、様々の場面で時期を違えて証拠写真となって登場してくる。
田中正明氏は、この写真の現物を確認しており、そこには『鉄嶺ニテ銃殺セル馬賊ノ首』と刷り込まれていた。
この写真は、昭和6年末、会寧(朝鮮と支那の国境)にあった文房具屋兼写真屋で約10枚買った写真の1枚だった。
昭和6年には、「匪賊に惨殺された朝鮮人」と刷り込まれて売られていたことも確認されている実に怪しい写真なのだ。
これを天下の朝日新聞は、「南京大虐殺」の写真として載せたのだから驚く。朝日のでっち上げはこれに留まらない。(この写真は『未公開写真に見る日中戦争』新人物往来社刊でも見ることが出来る)
偽写真を使用したのは朝日新聞だけではない。
ご立派な大学教授様方とて同様。
何者かが日本兵に扮して、夥しい虐殺死体を見下ろしている写真。この不自然さは、拓殖大学の伊達宗義教授が既に列記するまでもなく、素人が見ても偽写真と分かる代物。
それを、南京事件大虐殺派の初代権威ともいえる、元・早稲田大学教授の洞富雄氏が『決定版 南京大虐殺』と題した本の裏表紙に使用している。
渡河作戦時の煙幕を写した写真を、毒ガスだとして朝日新聞が掲載した写真を、大虐殺派の二代目最高権威、元・一橋大学教授も「発煙筒でなく、毒ガスに間違いない」と太鼓判を押した。
その後、産経新聞が渡河作戦時の煙幕を写したものだったと証明し、朝日もしぶしぶそれを認めた。が、未だに訂正も謝罪もしていない。
最後に、ショウメンキョウシ氏ご推奨の三代目最高権威とも言われる宇都宮大学教授の笠原十九司氏も、岩波新書から出た『南京事件』に偽写真を使用している。これが偽写真であることは、日大の秦郁彦教授によって明らかにされた。
写真のキャンプションには、「日本兵に拉致される江南地方の中国人女性達。国民政府軍事委員会政治部『日冦暴行実録』(1938年刊行)所載」とあり、笠原氏は検証もせず、キャンプションも引用元からほぼそのまま訳したそうだ。
秦教授の調査によると、この写真は朝日新聞社の熊崎玉樹カメラマンが撮影して、「アサヒグラフ」の1937年11月10日号に掲載され、翌年3月発行の『支那事変写真前輯―中―上海戦線』(朝日新聞社刊)にも転載されたもの。
その原典のキャンプションには、それぞれ
「我が兵士に守られて野良仕事より部落へ帰る日の丸部落の女子供の群」
「夕になれば白一色の綿の花畑から嬉々として我が家へ帰る」となっており、全体の説明には「日本軍がこの部落を敗残支那兵の略奪から守っており、平和を取り戻している」という主旨のことが書かれているのだ。
結局、笠原氏の本を、岩波書店は冊子『図書』の中で、この偽写真について謝罪。積極的回収はせず出荷停止に留まり、購入した人の申し出のみ交換することになった。
中共の工作員アイリス・チャンの『レイプ・オブ・南京』は、こういった悪質な偽写真の宝庫である。アメリカの学者からみても、評価に値しない『南京虐殺でっち上げ本』。
南京大虐殺が真実であるならば、何故このような偽写真や、嘘のキャンプションが出回るのか。普通に考えておかしいと思うのだが、「最高権威」であらせられる大学教授様方もコロリと騙されるのだから、ドラさん・正面カルトコンビが騙されるのも無理もない。
出所のはっきりしている南京写真は、いずれも皇軍と避難民の和気藹々とした写真ばかり。いずれも撮影した特派員名入りで、昭和12年の朝日新聞に掲載されている。
少なくとも、この頃の朝日新聞は真実を報道していたようだ。
しかし、中共のやることは、心霊写真レベルのお粗末なものばかり。
ここに、売国紙『朝日新聞』が荷担すると、いかにも真実に思えてくるからやっかいだ。
例えば、『朝日新聞』が南京大虐殺の写真として掲載した「生首ゴロゴロ」の写真と日記(1984年8月4日夕刊)
いずれも偽物だった。
この写真は、大阪国際平和センター、愛称「ピースおおさか」の展示パネルでも使用されている。しかも『1920年、朝鮮で日本軍が独立運動を弾圧した虐殺事件の写真』ということで。
漫画『栄光なき天才』では、1941年以降の「三光作戦」の写真として使用されている。
また、中国で出版された『日本侵華図片資料集』では、満州・遼寧の虐殺事件となっている。
更に、満州事変の記念館では、1932年の「平頂山事件の」写真だと説明されている。
たった1枚の残虐写真が、様々の場面で時期を違えて証拠写真となって登場してくる。
田中正明氏は、この写真の現物を確認しており、そこには『鉄嶺ニテ銃殺セル馬賊ノ首』と刷り込まれていた。
この写真は、昭和6年末、会寧(朝鮮と支那の国境)にあった文房具屋兼写真屋で約10枚買った写真の1枚だった。
昭和6年には、「匪賊に惨殺された朝鮮人」と刷り込まれて売られていたことも確認されている実に怪しい写真なのだ。
これを天下の朝日新聞は、「南京大虐殺」の写真として載せたのだから驚く。朝日のでっち上げはこれに留まらない。(この写真は『未公開写真に見る日中戦争』新人物往来社刊でも見ることが出来る)
偽写真を使用したのは朝日新聞だけではない。
ご立派な大学教授様方とて同様。
何者かが日本兵に扮して、夥しい虐殺死体を見下ろしている写真。この不自然さは、拓殖大学の伊達宗義教授が既に列記するまでもなく、素人が見ても偽写真と分かる代物。
それを、南京事件大虐殺派の初代権威ともいえる、元・早稲田大学教授の洞富雄氏が『決定版 南京大虐殺』と題した本の裏表紙に使用している。
渡河作戦時の煙幕を写した写真を、毒ガスだとして朝日新聞が掲載した写真を、大虐殺派の二代目最高権威、元・一橋大学教授も「発煙筒でなく、毒ガスに間違いない」と太鼓判を押した。
その後、産経新聞が渡河作戦時の煙幕を写したものだったと証明し、朝日もしぶしぶそれを認めた。が、未だに訂正も謝罪もしていない。
最後に、ショウメンキョウシ氏ご推奨の三代目最高権威とも言われる宇都宮大学教授の笠原十九司氏も、岩波新書から出た『南京事件』に偽写真を使用している。これが偽写真であることは、日大の秦郁彦教授によって明らかにされた。
写真のキャンプションには、「日本兵に拉致される江南地方の中国人女性達。国民政府軍事委員会政治部『日冦暴行実録』(1938年刊行)所載」とあり、笠原氏は検証もせず、キャンプションも引用元からほぼそのまま訳したそうだ。
秦教授の調査によると、この写真は朝日新聞社の熊崎玉樹カメラマンが撮影して、「アサヒグラフ」の1937年11月10日号に掲載され、翌年3月発行の『支那事変写真前輯―中―上海戦線』(朝日新聞社刊)にも転載されたもの。
その原典のキャンプションには、それぞれ
「我が兵士に守られて野良仕事より部落へ帰る日の丸部落の女子供の群」
「夕になれば白一色の綿の花畑から嬉々として我が家へ帰る」となっており、全体の説明には「日本軍がこの部落を敗残支那兵の略奪から守っており、平和を取り戻している」という主旨のことが書かれているのだ。
結局、笠原氏の本を、岩波書店は冊子『図書』の中で、この偽写真について謝罪。積極的回収はせず出荷停止に留まり、購入した人の申し出のみ交換することになった。
中共の工作員アイリス・チャンの『レイプ・オブ・南京』は、こういった悪質な偽写真の宝庫である。アメリカの学者からみても、評価に値しない『南京虐殺でっち上げ本』。
南京大虐殺が真実であるならば、何故このような偽写真や、嘘のキャンプションが出回るのか。普通に考えておかしいと思うのだが、「最高権威」であらせられる大学教授様方もコロリと騙されるのだから、ドラさん・正面カルトコンビが騙されるのも無理もない。
出所のはっきりしている南京写真は、いずれも皇軍と避難民の和気藹々とした写真ばかり。いずれも撮影した特派員名入りで、昭和12年の朝日新聞に掲載されている。
少なくとも、この頃の朝日新聞は真実を報道していたようだ。
これは メッセージ 71054 (battamama さん)への返信です.
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