対イラク武力行使

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ドラさん♪

投稿者: battamama 投稿日時: 2005/05/03 01:03 投稿番号: [70136 / 118550]
「日々進歩? 一歩前進、二歩後退でしょ? 東京裁判の冤罪? 田中正明? ウェッブ裁判長は【天皇を裁け】と主張していた人物だ。 だからこの裁判にはこういったこともあって批判...」

上記、ドラさんの投稿が消えてる!
検索したら存在しているが、上記部分しか見ることができない。どういうことだろう?
ま、とりあえず、この部分にのみ返信しておいきましょう。

確かに私は日々進歩しております。その成果はご覧の通り。
それより、ドラさん達の方こそトンデモ学者の話を真に受けてばかりで、頭を柔軟にして進歩しないと時代に置いてきぼりになりますよ。
少なくともパール博士は、東京裁判に立ち会った生き証人です。その彼と、著者の田中正明氏は実際に交流もあるのです。
捏造や、アバウトな情報をご丁寧にかき集めて書いたトンデモ学者とは根本的に質が違うのです。

で、ウェッブ裁判長の件ですが、以下に確かなリンクを貼っておきますのでご覧あれ。
老婆心ながら、ドラさん達の信じ込んでいるガセネタ、そろそろ更新したほうが宜しいかと存じますが。笑

http://www.geisya.or.jp/~kmtake/off/farfromtokyousaiban.html

ついでなので、東京裁判後のそれぞれの顛末を記しておきます。

世界の多くの権威有る国際法学者が、東京裁判の非合法性とその誤謬を認めたばかりではない。この裁判を指令し、11名の裁判官を任命して、裁判所条例までつくった最高責任者であるマッカーサー元帥は、東京裁判から2年半の後、解任されて帰国した。彼は朝鮮戦争を拡大して、満州へ原子爆弾による爆撃を企画し、中国大陸への侵攻を企て、アメリカの指導者を狼狽せしめ、急遽呼び戻されたのである。
この時彼の残した『老兵は死なず、消え去るのみ・・・』といった言葉が有名である。
帰国すると、彼はアメリカ上院において査問された。その時彼は
「日本が第二次世界大戦に赴いたのは安全保障のためであった」と証言し、トルーマン大統領との会談においてははっきりと「東京裁判は誤りであった」と報告した旨、アメリカ政府自身が暴露的発表を行ったのである。7人の死刑囚を無罪にすることさえできた最高軍司令官としての彼がである。
そればかりではない。東京裁判の立役者であったキーナン主席検事までが、重光葵を起訴し、処罰したことの誤りを反省し、東京裁判が感情論に過ぎたことの告白を新聞記者に発表した。裁判が終わってわずか5年目のことである。
一方、パール博士はその後、東京裁判における立証の正当性と、国際法理論に対する見識が高く評価され、選ばれて国連の司法委員会の委員および議長に就任し、その要職を全うした。

※最後に、マッカーサーの辞世の言葉。
東京裁判のことは、全部マッカナウソサーと言ったとか。(ダジャレです)
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