大田実少将:最後の電文。
投稿者: ahuramazda1945 投稿日時: 2005/04/30 00:32 投稿番号: [69745 / 118550]
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敵は日本の沖縄県にまでやって来た。
日本はすでに武器や弾も、船や飛行機も、
その燃料までもが底をつき始めていたが、
沖縄県を護るために戦い続けた。
陸では日本各地から集まった兵隊と沖縄県の人たちが協力して、
敵を沖縄県に上陸させないように戦った。
これに対しアメリカ軍は、畳一畳に数発という砲弾の雨を沖縄県に降らせた。
日本の兵隊と沖縄県の人たちは洞窟に追いつめられ、
水も食料も無い状態で次第に衰弱して行く。
海では世界で一番強い日本の船「大和」が山口県の港から片道だけの燃料で
沖縄県を助けに向かう。
しかし敵の凄まじい数の飛行機には勝てず、沖縄県にたどり着くことなく沈んだ。
空では爆弾を抱えた二千機の飛行機が、沖縄県を囲むアメリカの船に体当たりするため
九州や台湾から飛び立った。
いわゆる神風特別攻撃隊の方々である。
日本を、そして沖縄県を護るために自ら飛び立った彼らは、
一度飛び立てば帰ることはもうない。
日本海軍の大田実少将司令官は、本土に宛て
最後の電文を送信したのち壕内で自決する。
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沖縄県民の実情に関しては県知事より報告さらるべきも、
県には既に通信力なく、32軍司令部、又通信の余力なしと認めらるるに付き、本職県知事の依頼を受けたるに非ざれども現状を看過するに忍びず、これに代わって緊急御通知申し上く。
沖縄本島に敵攻略を開始以来、陸海軍方面、防衛線に専念し、県民に関しては殆ど顧みるに暇なかりき。然れども、本職の知れる範囲に於いては、県民は青壮年の全部を防衛召集に捧げ、残る老幼婦女子のみが相次ぐ砲爆撃に家屋と財産の全部を焼却さられ、僅かに身を以って軍の作戦に差し支えなき場所の小防空壕に避難、尚、砲爆撃下のもと風雨に曝されつつ乏しき生活に甘んじありたり。
しかも若き婦人は率先軍に身を捧げ、看護婦、炊事婦はもとより砲弾運び、挺身切り込み隊すら申し出るものあり。
所詮敵きりなば老人子供は殺さるべく婦女子が後方に運び去られて毒牙に供せらるべしとて、親子生き別れ、娘を軍衛門に捨つる親あり。
看護婦に至りては軍移動に際し、衛生兵既に出発し身より無き重傷者を助けて、真面目にして一時の感情に駆られたるものとは思われず。
更に軍に於いて作戦の大転換あるや、自給自足、夜の中にはるかに遠隔地方の住民地区を指定せられ、輸送力皆無の者黙々として雨中を移動するあり。
これを要するに陸海軍沖縄に進駐以来、終始一貫勤労奉仕、物資節約を強要されつつ、ひたすら日本人としてのご奉公の護を胸に抱きつつ、遂に報われることなくして本戦闘の末期を迎え、沖縄島は実情形を変え一木一草焦土と化せん。糧食6月一杯を支ふるのみなりという。
沖縄県民斯く戦えり。
県民に対し後世特別のご高配を賜らんことを。
沖縄県軍司令官 大田実少将
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敵は日本の沖縄県にまでやって来た。
日本はすでに武器や弾も、船や飛行機も、
その燃料までもが底をつき始めていたが、
沖縄県を護るために戦い続けた。
陸では日本各地から集まった兵隊と沖縄県の人たちが協力して、
敵を沖縄県に上陸させないように戦った。
これに対しアメリカ軍は、畳一畳に数発という砲弾の雨を沖縄県に降らせた。
日本の兵隊と沖縄県の人たちは洞窟に追いつめられ、
水も食料も無い状態で次第に衰弱して行く。
海では世界で一番強い日本の船「大和」が山口県の港から片道だけの燃料で
沖縄県を助けに向かう。
しかし敵の凄まじい数の飛行機には勝てず、沖縄県にたどり着くことなく沈んだ。
空では爆弾を抱えた二千機の飛行機が、沖縄県を囲むアメリカの船に体当たりするため
九州や台湾から飛び立った。
いわゆる神風特別攻撃隊の方々である。
日本を、そして沖縄県を護るために自ら飛び立った彼らは、
一度飛び立てば帰ることはもうない。
日本海軍の大田実少将司令官は、本土に宛て
最後の電文を送信したのち壕内で自決する。
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沖縄県民の実情に関しては県知事より報告さらるべきも、
県には既に通信力なく、32軍司令部、又通信の余力なしと認めらるるに付き、本職県知事の依頼を受けたるに非ざれども現状を看過するに忍びず、これに代わって緊急御通知申し上く。
沖縄本島に敵攻略を開始以来、陸海軍方面、防衛線に専念し、県民に関しては殆ど顧みるに暇なかりき。然れども、本職の知れる範囲に於いては、県民は青壮年の全部を防衛召集に捧げ、残る老幼婦女子のみが相次ぐ砲爆撃に家屋と財産の全部を焼却さられ、僅かに身を以って軍の作戦に差し支えなき場所の小防空壕に避難、尚、砲爆撃下のもと風雨に曝されつつ乏しき生活に甘んじありたり。
しかも若き婦人は率先軍に身を捧げ、看護婦、炊事婦はもとより砲弾運び、挺身切り込み隊すら申し出るものあり。
所詮敵きりなば老人子供は殺さるべく婦女子が後方に運び去られて毒牙に供せらるべしとて、親子生き別れ、娘を軍衛門に捨つる親あり。
看護婦に至りては軍移動に際し、衛生兵既に出発し身より無き重傷者を助けて、真面目にして一時の感情に駆られたるものとは思われず。
更に軍に於いて作戦の大転換あるや、自給自足、夜の中にはるかに遠隔地方の住民地区を指定せられ、輸送力皆無の者黙々として雨中を移動するあり。
これを要するに陸海軍沖縄に進駐以来、終始一貫勤労奉仕、物資節約を強要されつつ、ひたすら日本人としてのご奉公の護を胸に抱きつつ、遂に報われることなくして本戦闘の末期を迎え、沖縄島は実情形を変え一木一草焦土と化せん。糧食6月一杯を支ふるのみなりという。
沖縄県民斯く戦えり。
県民に対し後世特別のご高配を賜らんことを。
沖縄県軍司令官 大田実少将
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これは メッセージ 69732 (dorawasabi5001 さん)への返信です.
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