バッタさん、ミニ知識
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2005/04/26 22:23 投稿番号: [69535 / 118550]
バッタさんがなぜ【皇軍の大罪を直視しないかというと・・・】
イナゴは、バッタの仲間だから。
皇軍は、中国では【蝗軍・・こうぐん(イナゴの軍隊)】といわれたと言う。
★「蝗軍」−略奪の軍隊
南京攻略軍は糧秣のほとんどを現地で徴発するという現地調達主義をとった。そのため十万の日本軍は略奪を繰り返した。
大集団で徴発−略奪をしていく日本の軍隊を、中国民衆は「蝗軍」と呼んだ。
皇軍と蝗軍の発音が日本語でともにコウグンであるように、中国語でもコウグンと全く同じに発音する。
【そのため中国民衆は天皇の軍隊−皇軍を蝗軍と書き、イナゴのような軍隊と誹り恐れたのである。】
中国の蝗害は、日本では想像できないほどその規模はすさまじく、古来から水害、干害とともに大災害として農民に恐れられてきた。
イナゴの大群は真っ黒な雨雲のように大陽を覆って飛来し、地上に降りるや草木一本も残さずに食い尽くし、飛び去った跡は農作物は絶滅し、広大な耕地は荒れ地と化してしまうのだった。
・・・
エスカレートする略奪
・・(どら徴発・・実質的な強盗)
なかには「徴発により上官の機嫌を取り結び自己の進級等に利益を図りし例も存せり」と早尾とら雄軍医は指摘している。
強姦の軍隊
略奪に続き、強姦事件が多発する。憲兵は中支那方面軍およそ20万という大軍に対してわずか百名たらずであったが、
それでも軍機に違反した兵士を逮捕し、軍法会議にかけて取り締まった記録が残っている。
「第十軍法務部陣中日誌」「中支那方面軍軍事法廷会議陣中日誌」という資料であるであるがそのなかに強姦の事例が記されている。
被告人(24歳)楓けい鎮に宿営中、昭和12年11月27日住呉浜方面に糧秣の徴発におもむきたる際、同日午後2時ごろ同所田圃道を歩行中、被告人の姿を認め逃避せんとする少女を目撃しこれを追跡逮捕し脅迫を用いてこれを姦淫したり。・・…他三名の事例も・・
早尾軍医は
「日本の軍人は何故にこのように性欲の上に理性が保てないのかと私は大陸上陸とともに直ちに痛嘆し、戦場生活一ヶ年を通じて始終痛感した。
しかし、軍当局はあえてこれを不思議とせず、さらに【この方面に対する訓戒は耳にした事がない。】
軍当局は軍人の性欲は抑えることは不可能だとして支那婦人を強姦せぬようにと慰安所を設けた。
【しかし、強姦ははなはだ盛んに行われて、支那良民は日本軍人を見れば、必ずこれを恐れた。】
・・・このように陸軍軍人は性欲の奴隷のごとくに戦場を荒らしておるのであるから、強姦の頻発もまた止むを得ぬことと思われた。(『従軍慰安婦資料集』)
民衆殺害の軍隊
南京攻略戦において日本軍は上海戦から撤退してゆく中国軍の追撃殲滅戦という戦法をとった。
投降兵、敗残兵、捕虜であろうとも、中国兵であったものは(そう思われた者も含めて)殲滅、つまり皆殺しにするということである。
・・・
第十軍田辺参謀長は杭洲湾上陸にさいして次のような「支那住民に対する注意」を各部隊に与えている。
「上海方面の戦場においては、一般の支那住民は老人、女、子供といえども間諜(スパイ)をつとめ、
あるいわ日本軍の位置を敵に知らしめ、あるいは敵を誘導して日本軍を襲撃せしめ、あるいは日本軍の単独兵に危害を加えるなど、
まことに油断なり難き実例多きをもって特に注意を必要とす。
・・・かくのごとき行為を認めし場合においては、いささかも仮借することなく断固たる処置をとるべし」(陸支密大日記)
・・・
部落の12・3家に付火するとたちまち火は全村を包み全くの火の海である。老人が2・3人いて可愛相だったが命令だから仕方がない。次ぎ、次ぎと3部落を全焼さす。そのうえ5、6名を射殺する。意気揚々とあがる。」
放火の軍隊
・・
http://www.jca.apc.org/nmnankin/nanmin22.html
イナゴは、バッタの仲間だから。
皇軍は、中国では【蝗軍・・こうぐん(イナゴの軍隊)】といわれたと言う。
★「蝗軍」−略奪の軍隊
南京攻略軍は糧秣のほとんどを現地で徴発するという現地調達主義をとった。そのため十万の日本軍は略奪を繰り返した。
大集団で徴発−略奪をしていく日本の軍隊を、中国民衆は「蝗軍」と呼んだ。
皇軍と蝗軍の発音が日本語でともにコウグンであるように、中国語でもコウグンと全く同じに発音する。
【そのため中国民衆は天皇の軍隊−皇軍を蝗軍と書き、イナゴのような軍隊と誹り恐れたのである。】
中国の蝗害は、日本では想像できないほどその規模はすさまじく、古来から水害、干害とともに大災害として農民に恐れられてきた。
イナゴの大群は真っ黒な雨雲のように大陽を覆って飛来し、地上に降りるや草木一本も残さずに食い尽くし、飛び去った跡は農作物は絶滅し、広大な耕地は荒れ地と化してしまうのだった。
・・・
エスカレートする略奪
・・(どら徴発・・実質的な強盗)
なかには「徴発により上官の機嫌を取り結び自己の進級等に利益を図りし例も存せり」と早尾とら雄軍医は指摘している。
強姦の軍隊
略奪に続き、強姦事件が多発する。憲兵は中支那方面軍およそ20万という大軍に対してわずか百名たらずであったが、
それでも軍機に違反した兵士を逮捕し、軍法会議にかけて取り締まった記録が残っている。
「第十軍法務部陣中日誌」「中支那方面軍軍事法廷会議陣中日誌」という資料であるであるがそのなかに強姦の事例が記されている。
被告人(24歳)楓けい鎮に宿営中、昭和12年11月27日住呉浜方面に糧秣の徴発におもむきたる際、同日午後2時ごろ同所田圃道を歩行中、被告人の姿を認め逃避せんとする少女を目撃しこれを追跡逮捕し脅迫を用いてこれを姦淫したり。・・…他三名の事例も・・
早尾軍医は
「日本の軍人は何故にこのように性欲の上に理性が保てないのかと私は大陸上陸とともに直ちに痛嘆し、戦場生活一ヶ年を通じて始終痛感した。
しかし、軍当局はあえてこれを不思議とせず、さらに【この方面に対する訓戒は耳にした事がない。】
軍当局は軍人の性欲は抑えることは不可能だとして支那婦人を強姦せぬようにと慰安所を設けた。
【しかし、強姦ははなはだ盛んに行われて、支那良民は日本軍人を見れば、必ずこれを恐れた。】
・・・このように陸軍軍人は性欲の奴隷のごとくに戦場を荒らしておるのであるから、強姦の頻発もまた止むを得ぬことと思われた。(『従軍慰安婦資料集』)
民衆殺害の軍隊
南京攻略戦において日本軍は上海戦から撤退してゆく中国軍の追撃殲滅戦という戦法をとった。
投降兵、敗残兵、捕虜であろうとも、中国兵であったものは(そう思われた者も含めて)殲滅、つまり皆殺しにするということである。
・・・
第十軍田辺参謀長は杭洲湾上陸にさいして次のような「支那住民に対する注意」を各部隊に与えている。
「上海方面の戦場においては、一般の支那住民は老人、女、子供といえども間諜(スパイ)をつとめ、
あるいわ日本軍の位置を敵に知らしめ、あるいは敵を誘導して日本軍を襲撃せしめ、あるいは日本軍の単独兵に危害を加えるなど、
まことに油断なり難き実例多きをもって特に注意を必要とす。
・・・かくのごとき行為を認めし場合においては、いささかも仮借することなく断固たる処置をとるべし」(陸支密大日記)
・・・
部落の12・3家に付火するとたちまち火は全村を包み全くの火の海である。老人が2・3人いて可愛相だったが命令だから仕方がない。次ぎ、次ぎと3部落を全焼さす。そのうえ5、6名を射殺する。意気揚々とあがる。」
放火の軍隊
・・
http://www.jca.apc.org/nmnankin/nanmin22.html
これは メッセージ 69468 (battamama さん)への返信です.
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