対イラク武力行使

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遅レス(パピヨンのテーマ)

投稿者: bonno_216 投稿日時: 2005/04/26 08:48 投稿番号: [69488 / 118550]
>それは、民主主義国家の場合は、国家権力によって自由と
>民主主義が守られているという意味です。

  えっ、そういう意味ですか?   原文では続けて「従って、自由と民主主義以前に国家の成立がある」となっているんですが…。これだと、「支配者による専権的統治機構のないところに民主主義は生まれない」ってことになっちゃうんですよね。

  民主主義社会でも「統治機構」を必要とする…って言うのなら、まだ分かるんですよ。現実的な意味でね。でも、それは「国家権力」によって作られた「統治機構」とは別のものです。ですから国家権力が民主主義の前提条件にはならないはずです。
  国家の成立が「猿山の原理」によるものであれば、国家権力とは国家の統治機構を専権的にコントロールする権力ということになります。これは、専権的権力を否定する民主主義の思想とは対称を成すものなんですよね。

  キッシンジャー博士の言葉を要約すれば「国家とは、本来『非民主的』なものである」という意味で、これは、あなたの「猿山の原理」からスタートしても同じ結論に達するはずです。従って、非民主的である国家が、民主主義の前提になるという理論は破綻しているわけです。あなたは、民主社会でも(現実的に)必要な「統治機構」を「国家権力」と言い換えることによって、この破綻を誤摩化しているだけなのです。

  あなたは一方で「国家は猿山の原理によって成立したものだから、国家主権を絶対視することはおかしい」と言いながら、もう一方で「民主主義は(民主国家の)国家権力によって広められる」という説を唱えておられます。そのため、国家権力の本質を「専権的支配力」と「分権的統治機構」の二つに都合よく分解し、時々の主張に当てはめて、否定したり肯定したりしているのですが、これらが本来「対立概念」であることを理解されていません。

  私の「民主主義国家は民主に対立する」という論は、専権的権力を全否定すれば「個人、および民族の自決権」や「国家主権」まで否定されるゆえに、複数の個人や共同体が共存する社会に於いて「完全な民主」は不可能である…という極論です。したがって、現実的な意味での民主主義運動は「専権的権力の影響範囲をどこまで制限できるか?」であって、「専権的権力を国家の枠以上に拡大し、武力を用いてまで世界規模の影響を持とうとする」あなたの「民主主義論」とは相対を成します。あなたの論は、どちらかと言えば「帝国主義論」です。そこで「民主的な帝国主義」という矛盾した概念に対して、無理矢理整合性を持たそうとするところに「綻び」が生じ、他人から見れば(あるいは自分で読み直してみても?)訳のわからない文章になってしまっているのではないでしょうか?
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