>寛容の持つ落とし穴
投稿者: lonlontimago 投稿日時: 2005/04/06 14:08 投稿番号: [68385 / 118550]
>私がこのトピで話して価値があると思うひとたちは、たとえ意見が正反対でも、貴重な情報を提供してくれる、面白い見方をしてニュースを分析したり、新鮮な考えを提供してくれる、理論がハチャメチャなのでついからかいたくなる。この三つのうちのどれかひとつでも持っていれば話す価値があるとおもいます。
この点はそう思います。
しかし世の中はそうは動いていないということも大切なのかもしれませんね。
つまり感情の部分ですよね。
それは、ご自身の感情と相手の感情ということで
どんなに理論を並べても解消できない部分があり
最終的に合意できないことも多いわけですよね。
それは、たぶん、どちらが正しいかではない部分が多いのだと私は思うのです。
>あんまり幅広く意見を受け入れるのは危険です。
いえ、「受け入れる」と言ったのは、別に迎合するほけでなく
「そういう考え方もあるんだな」と許容する意味で申し上げました。
たぶん、意見に真剣に耳を傾けると
ご自身が悩んでしまうのではないかなと
思っていまいました。
というか、ほとんどの人にとって
自分自身の今までの価値観やものの考え方と違った異質なものを受け入れることは
とても抵抗のあるものですよね。
ただ、誤解してほしくないのは
「受け入れる」ということは、そういう考え方をするとか、それが正しいとか
そういうことを行っているのではないんです。
そういう視点もありうるということを把握するとか、そういうことです。
「危険思想」として、生理的に受け付けない部分が多いのかなぁと
勝手に残念がっております。
でも、カカシさんのご主張をどうせいといっているわけではありませんし
カカシさんの視点は私にとっても参考になるものですから
特別にお気にかける必要はないと思います。
カカシさんはカカシさんのご意見をここで述べられることが大切であって
また、違う意見もまた述べられるべきであって
そういうことが、誹謗されることなく述べられるってことが
大切なんだろうなと思っています。
「誹謗中傷」だと感じても、はいはいと軽く流せる心の余裕を持てるようになれば
すばらしい論客になるのではないかなと
期待を込めて申し上げる次第です。
失礼致しました。
これは メッセージ 68384 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
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