>>>>イラク攻撃は間違いだったか?
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2005/04/05 23:19 投稿番号: [68349 / 118550]
返信ありがとうございます。
でもすっきりしないので、申し訳ないけど、又質問します。
>私は基本的に「戦争は可能なかぎり回避するもの」という認識がありますので、反戦運動には好意的です。
>でも、爆撃された街の様子や親を失った子供の姿をメディアか何かで見て、義憤にかられ「打倒小泉」とか「打倒ブッシュ」とか叫んでいる人たちは、一転、最初に見るものが違ったら「打倒フセイン」とか「イラクを民主化、武力で解放せよ」と叫んでいたんじゃないかな…という危うさがあるのです。
そうでしょうか。
【反戦派】は、【武力行使反対】なんですから、【武力で開放】などとはいわないと思いますが。
義憤に駆られた人々は、そんなにおろかでしょうか?
>「反戦」に「青臭い」という冠をつけたのは、そういう感情的な反戦気分に対する揶揄です。
でもあなたは義憤に駆られて【反戦する人達】と【正義の戦争】などという人たちを
【同じ穴の狢】と言っています。
同じ・・は、通常【悪人】に使う言葉だと思いますし、両者が同じ穴の狢とは思いません。
★ボンノさんの投稿・・・
青臭い正義感からくる利他的な「反戦」も、裏を返せば、他国の圧政に怒り狂い、自己の犠牲も顧みず戦争を鼓舞する「主戦論者」と同じ穴のムジナ。どっちも「善良な心情」だと思いますけど、それが「謬見の素」かもね。
冷静な計算に基づくエゴイズムで判断して、自分の得になる戦争には賛成するし、損になる戦争には反対する。人類社会って、そんなものじゃありませんか? それで私自身は「イラク戦争」が、中長期的展望で自分の損になる戦争だと判断していますので反対を唱えているわけです。
>多くの人は「戦争=悪」という教条的理念から反戦を唱えられていると思います。
これは異議あり。
今回のイラク戦争に関しては、
【根拠無き先制攻撃】に対して、【反戦】が世界的な規模で高まったのだと思います。
そして、【過去の戦争から学んで】反戦した人もいるでしょう。
>でも、道徳にせよ法にせよ宗教にせよ、元々は社会と個人の関わりの中でのエゴイズム追求から発達してきたものだと、私は思っています。
>そして、社会が複雑になるにつれ、個々の利益追求は、それらの枠組みに納まりきらなくなり、「善悪の観念」は土台のない浮遊物となって、結果、エスタブリッシュメントたちが自分の利益に見合うよう、大衆を誘導・動員するために使用する「道具」に成り下がった…という分析をしています。
権力者が【善悪の観念】を貶めたとしても、
大衆にまで【善悪の観念】が土台の無い浮遊物になったとは思いませんけど。
>教条的「反戦」は、感情的「反戦」より論理的で、逆転の危うさはありませんが、
教条的反戦が論理的で、逆転しないのですか?
>根本部分の「善悪」論より先は思考停止してしまいます。「戦争は悪」という教条を絶対視せず、「なぜ戦争は駄目なのか?」と考えて、自己の倫理を再構築する目も必要だと思うのです。
どうしてでしょう?
>>中長期的に自分の損になるから、、ってどんな損なんでしょう?
>第一に、イラク戦争によって戦争へのハードルが一気に低くなってしまったことに対する警戒です。さらに自衛隊派遣によって我が日本が巻き込まれてしまったこと。戦争の足音が近づくにつれて、私たち日本国民の権利が限りなく縮小される虞れがあること…などでしょうか。
ああわかりますが。
私はまず【イラク国民が犠牲になる】から反戦支持でした。
【自分の得になる戦争】は賛成とおっしゃっていますが、どんな戦争ですか?
でもすっきりしないので、申し訳ないけど、又質問します。
>私は基本的に「戦争は可能なかぎり回避するもの」という認識がありますので、反戦運動には好意的です。
>でも、爆撃された街の様子や親を失った子供の姿をメディアか何かで見て、義憤にかられ「打倒小泉」とか「打倒ブッシュ」とか叫んでいる人たちは、一転、最初に見るものが違ったら「打倒フセイン」とか「イラクを民主化、武力で解放せよ」と叫んでいたんじゃないかな…という危うさがあるのです。
そうでしょうか。
【反戦派】は、【武力行使反対】なんですから、【武力で開放】などとはいわないと思いますが。
義憤に駆られた人々は、そんなにおろかでしょうか?
>「反戦」に「青臭い」という冠をつけたのは、そういう感情的な反戦気分に対する揶揄です。
でもあなたは義憤に駆られて【反戦する人達】と【正義の戦争】などという人たちを
【同じ穴の狢】と言っています。
同じ・・は、通常【悪人】に使う言葉だと思いますし、両者が同じ穴の狢とは思いません。
★ボンノさんの投稿・・・
青臭い正義感からくる利他的な「反戦」も、裏を返せば、他国の圧政に怒り狂い、自己の犠牲も顧みず戦争を鼓舞する「主戦論者」と同じ穴のムジナ。どっちも「善良な心情」だと思いますけど、それが「謬見の素」かもね。
冷静な計算に基づくエゴイズムで判断して、自分の得になる戦争には賛成するし、損になる戦争には反対する。人類社会って、そんなものじゃありませんか? それで私自身は「イラク戦争」が、中長期的展望で自分の損になる戦争だと判断していますので反対を唱えているわけです。
>多くの人は「戦争=悪」という教条的理念から反戦を唱えられていると思います。
これは異議あり。
今回のイラク戦争に関しては、
【根拠無き先制攻撃】に対して、【反戦】が世界的な規模で高まったのだと思います。
そして、【過去の戦争から学んで】反戦した人もいるでしょう。
>でも、道徳にせよ法にせよ宗教にせよ、元々は社会と個人の関わりの中でのエゴイズム追求から発達してきたものだと、私は思っています。
>そして、社会が複雑になるにつれ、個々の利益追求は、それらの枠組みに納まりきらなくなり、「善悪の観念」は土台のない浮遊物となって、結果、エスタブリッシュメントたちが自分の利益に見合うよう、大衆を誘導・動員するために使用する「道具」に成り下がった…という分析をしています。
権力者が【善悪の観念】を貶めたとしても、
大衆にまで【善悪の観念】が土台の無い浮遊物になったとは思いませんけど。
>教条的「反戦」は、感情的「反戦」より論理的で、逆転の危うさはありませんが、
教条的反戦が論理的で、逆転しないのですか?
>根本部分の「善悪」論より先は思考停止してしまいます。「戦争は悪」という教条を絶対視せず、「なぜ戦争は駄目なのか?」と考えて、自己の倫理を再構築する目も必要だと思うのです。
どうしてでしょう?
>>中長期的に自分の損になるから、、ってどんな損なんでしょう?
>第一に、イラク戦争によって戦争へのハードルが一気に低くなってしまったことに対する警戒です。さらに自衛隊派遣によって我が日本が巻き込まれてしまったこと。戦争の足音が近づくにつれて、私たち日本国民の権利が限りなく縮小される虞れがあること…などでしょうか。
ああわかりますが。
私はまず【イラク国民が犠牲になる】から反戦支持でした。
【自分の得になる戦争】は賛成とおっしゃっていますが、どんな戦争ですか?
これは メッセージ 68315 (bonno_216 さん)への返信です.
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