>パピヨンの視点 訂正
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2005/03/12 15:53 投稿番号: [66904 / 118550]
>仮に、国家或は共同体の無い状態にある人間たちが、民主を考え、
>その考えで国家を創ったとしても、民主という概念を考えている
>以上は、国家或は共同体を想定しているはずです。
はい、共同体のあり方として民主というモデルが存在するのですから、それは当然のことです。私が言っているのは、強者による支配で成り立つ「国家」の枠を越えて、支配・統治からの解放というベクトルを持つ「民主主義」の本質を考えなければ、「官製民主主義」もしくは「形式民主主義」が、民主化の終点になってしまいますよ…ってことです。
今思えば、あなたの質問の中にあった「国家もしくは、それに準ずる共同体」という文言が、多少すれ違いを招いているんじゃないでしょうか?
私はこれを「国家のような(支配、統治で成立する)共同体」と解釈し、あなたは「国家を含む、あらゆる共同体」と解釈したのだと思います。後者の解釈でいけば「共同体を前提にせず、民主の概念を説明する」ことは不可能です。私は「民主は国家の枠を越えた概念」だと言ったのですよ。そして、その説明は、すでに書いたはずです。私があなたの質問を誤解したことは事実ですが、それは、あなたの質問が、最初の命題であった「民主は国家の枠を越えた概念」を「民主は共同体の枠を越えた概念」とすり替えたことに起因します。国家は共同体の一形態ですが、共同体=国家ではありません。「国家或は共同体を想定しているはず」は、私が国家と共同体を区別している…という前提に、あなたが気付いておられないか、或はわざと無視されているのかの、いずれかによって出て来た文言でしょう。
これは メッセージ 66896 (theme_from_papillon さん)への返信です.
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