>(横)たびたびfrom...
投稿者: from_east_coast_25 投稿日時: 2005/03/11 20:24 投稿番号: [66834 / 118550]
>これが、民主主義のカオス性であり極端なイデオロギー化を防いでいる、原因だと考えます。
つまり、だから民主主義は比較的マシである、という主張と受け取ってよろしいでしょうか?
ならば久しぶりに民主主義不要論を展開してみたいと思います。
このトピで、懲りもせず連続投稿している(パピ)ヨン様にも言えることですが(^^;)、『国のかたち』がそれぞれ違うという視点を考慮に入れてない。その国の民族、宗教、気候、地理条件、発展度合によって最適な政体は違ってくるという視点です。わたしはこの問題を話すときは大雑把ですが『Nation型』と『State型』に分けています。
/*********************************/
Nation と State という英語は共に”国”という意味を持ちますが形成の順序が決定的に違う。
"Nation"とは民族、すなわち同じ血筋をもった人たちが自然発生的に集まって作った集団です。その意思決定をする長老たちに敢えて政府と名づけたものが国家となった。日本やドイツ、イラクがこれに当たります。
"State"とは州、すなわちまず政府をつくり、社会契約に基づき市民の持つ自然権の一部をあずけることで国家となったものです。アメリカやカナダ、オーストラリアがこれに当たる。
"State"では個人の権利が重んじられ強く自己主張することが許される。市民権は平等に与えられウェブ(くもの巣)状の社会が構成される。一方"Nation"では個人の権利より秩序が重んじられ集団の利益を追求する。人々は無意識のうちにヒエラルキー(ピラミット型社会)を形成する。
/*********************************/
確かにアメリカのような移民の集まりの国では、極端なイデオロギー化を防ぎ、多数決で物事を決める必要があるでしょう。しかし、日本のような地縁血縁の国ではイデオロギーが元々かなり共有されているため、多数決で決めなければならないことなどほんの僅かなのです。
あなたの言葉で言う「共存の許容点」として、金や数よりも桁違いに強い『血』があるのです。
こどもがガキ大将を選ぶのに選挙などしません。みんなが誰の顔色を伺うかで決まります。その大人バージョンが『名士』といわれる人たちで、今でも地方の面倒を見ているのは実質的にこの人たちです。『Nation型』社会ではこの方法で、いわゆる賢人を選び出すことができるのです。
たとえばイラクでも、選挙が成功したと言ったって人口構成比どおりの選挙結果が出ただけ。それならあんな危険なことをさせずに、チョット精度の良い国勢調査をすれば済んだ話です。あれは私に言わせれば『選挙ごっこ』です。
じゃあ、もっと長い目で見て!
移動手段、通信手段が発達して世界がより狭くなっていくとき、いずれかのシステムに統合、収束していくとしても、私は民主主義に収束していくとは思いません。なぜなら、国のかたちは『Nation』化する方向にしか進まない、つまり不可逆だと思うからです。
アメリカも500年、1000年と歴史を重ねれば地縁血縁が無視できなくなる。200年チョットの現在でも既に保守化しはじめているのがいい証拠です。ロシアもそう。あるいは紀元前に発明された民主主義がいまだに世界の半分にも普及していないのを見ても明かじゃないでしょうか。
つまり!
新参者アメリカが世界に民主主義をと叫んでも、それは全くの無駄な公共事業なのです。
つまり、だから民主主義は比較的マシである、という主張と受け取ってよろしいでしょうか?
ならば久しぶりに民主主義不要論を展開してみたいと思います。
このトピで、懲りもせず連続投稿している(パピ)ヨン様にも言えることですが(^^;)、『国のかたち』がそれぞれ違うという視点を考慮に入れてない。その国の民族、宗教、気候、地理条件、発展度合によって最適な政体は違ってくるという視点です。わたしはこの問題を話すときは大雑把ですが『Nation型』と『State型』に分けています。
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Nation と State という英語は共に”国”という意味を持ちますが形成の順序が決定的に違う。
"Nation"とは民族、すなわち同じ血筋をもった人たちが自然発生的に集まって作った集団です。その意思決定をする長老たちに敢えて政府と名づけたものが国家となった。日本やドイツ、イラクがこれに当たります。
"State"とは州、すなわちまず政府をつくり、社会契約に基づき市民の持つ自然権の一部をあずけることで国家となったものです。アメリカやカナダ、オーストラリアがこれに当たる。
"State"では個人の権利が重んじられ強く自己主張することが許される。市民権は平等に与えられウェブ(くもの巣)状の社会が構成される。一方"Nation"では個人の権利より秩序が重んじられ集団の利益を追求する。人々は無意識のうちにヒエラルキー(ピラミット型社会)を形成する。
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確かにアメリカのような移民の集まりの国では、極端なイデオロギー化を防ぎ、多数決で物事を決める必要があるでしょう。しかし、日本のような地縁血縁の国ではイデオロギーが元々かなり共有されているため、多数決で決めなければならないことなどほんの僅かなのです。
あなたの言葉で言う「共存の許容点」として、金や数よりも桁違いに強い『血』があるのです。
こどもがガキ大将を選ぶのに選挙などしません。みんなが誰の顔色を伺うかで決まります。その大人バージョンが『名士』といわれる人たちで、今でも地方の面倒を見ているのは実質的にこの人たちです。『Nation型』社会ではこの方法で、いわゆる賢人を選び出すことができるのです。
たとえばイラクでも、選挙が成功したと言ったって人口構成比どおりの選挙結果が出ただけ。それならあんな危険なことをさせずに、チョット精度の良い国勢調査をすれば済んだ話です。あれは私に言わせれば『選挙ごっこ』です。
じゃあ、もっと長い目で見て!
移動手段、通信手段が発達して世界がより狭くなっていくとき、いずれかのシステムに統合、収束していくとしても、私は民主主義に収束していくとは思いません。なぜなら、国のかたちは『Nation』化する方向にしか進まない、つまり不可逆だと思うからです。
アメリカも500年、1000年と歴史を重ねれば地縁血縁が無視できなくなる。200年チョットの現在でも既に保守化しはじめているのがいい証拠です。ロシアもそう。あるいは紀元前に発明された民主主義がいまだに世界の半分にも普及していないのを見ても明かじゃないでしょうか。
つまり!
新参者アメリカが世界に民主主義をと叫んでも、それは全くの無駄な公共事業なのです。
これは メッセージ 66812 (nanntyattesamurai さん)への返信です.
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