パピヨンの視点への反論1〜4のRES
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2005/03/06 13:01 投稿番号: [66473 / 118550]
>民主というのは、民が主になるという意味でしょうが、
>何の主かと言えば、国家の主でしょう。
それは「民主国家」の意味です。民主は国家の枠にとらわれません。ちょっと難解な理論になりますが、「支配、統治」という上の視点から民主を定義しようとしても、核心には迫れないのです。民主を理解するためには「人権、自由」という下の視点からの考察が不可欠です。
>ヨーロッパで民主主義が発達した過程は国家が既に成立しており、
>国家権力を絶対君主から国民が取り上げる過程であったと思います。
そのとおりです。だから「権力分散のベクトル」だと言ったのです。絶対君主が持っていた国家権力は国民に移行されたのではなく、分散し、実質的には消滅したわけです。
>猿山では集団の平和が乱れるような行動を起こす猿は
>ボス猿から制裁が加えられる。
ボス猿は「集団の平和」を守っているんじゃなく、自分の「支配権」を守っているのです。そして老いが来れば「政権交代」します。猿山は「強者の支配=集団の平和」という、人間社会で言うところの「独裁体制」です。独裁のボス猿が倒された後に民主主義がやってくるわけじゃないのです。
>当時は政府軍の武器と市民の武器に大差がなかったので、市民の流血
>を経て自由を獲得できましたが、現代の独裁国家は近代兵器で武装し
>市民からは重火器などの武器を取り上げている。
独裁政権は軍事力でなければ打倒できない…と考えるのは一面的です。独裁は「統治」の一形態ですから、その時点の社会情勢で「独裁が最も効率よい」と判断されなければ成り立ちません。市民が独裁の支配を受け入れなければ、独裁者の抑圧が社会を崩壊に導きます。独裁者は抑圧することが目的ではなく、支配し統治することが目的なのですから、いずれは市民に対して妥協せざるを得ません。市民革命は殲滅戦争ではないので、武力の優劣によって勝敗が決まるものでもないのです。
圧倒的な武力を誇る米軍が、イラクの抵抗勢力に手を焼くのも、「占領統治」という目的があるためです。殲滅戦争なら核兵器数発でイラク人を皆殺しにして終了でしょう。
これは メッセージ 66411 (theme_from_papillon さん)への返信です.
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