日本の戦後体験との比較が成り立つか?
投稿者: venture_2016 投稿日時: 2005/02/01 18:46 投稿番号: [63387 / 118550]
久々の含蓄のある意見だ。
自分は独裁者とそれにしたがう軍隊を保持していた国が戦争に負けた後にとる行為として、イラクと日本とでは、まったく異なるであろうことを予想していた。
日本人は、一億国民が2000年余の歴史をもつ天皇 (一応、当時の歴史観によるとだが)のもとに団結して鬼畜米英に戦いを挑み、そして敗れた。したがって、敗戦後の国の復興に掛ける熱意も団結していた。朝鮮戦争特需もあったが、米国の占領下にもかかわらず、あっという間に戦前の水準を越え、さらには東京オリンピックまで開催してしまった。
国民総ざんげの気分に満ちていたからこそ、米国の押し付け憲法、お題目でしかない第9条がここまで改正もされずに来てしまったわけだ。
他方、イラク国民は総意をもって米国と戦ったわけでない。フセインの軍隊の中でもほんの一部しか徹底抗戦して戦争をしたとの意識はないはず。
となると、復興に掛ける熱意など、多くの国民には生じなかったが、しかしテロリストのお陰で、ここまで米国に国土を蹂躙されたお陰で、国民の中に敗北感が浸透し、日本人同様に武器を取る以外の道をもって自国の復興を果たそうする機運が高まった。それが投票率に現れたのではないだろうか?
テロリストによるイラク国民の無差別殺戮とそれを制圧する米軍の圧倒的な武力を国民が目にすることによって、皮肉にも、イラク国民の中に着実に敗北感が醸成され、自国を何とかしようとする気運が高まったとしか言いようがない。
敗北感は決して、決してみじめなもの、同情されるものでなく、誇り高き人間には、次への復興や形を変えたリベンジの糧。犠牲が大きいほど、その思いは募るはず。
日本も大東亜戦争で日本国民が味わった悲惨な経験があったからこそ、今の繁栄があったのかもしれない。
歴史観を持たず、近視眼的に、米国の悪だけを報道してきたマスコミのバカさ加減を思い出すとピエロに見える。
これは メッセージ 63371 (moriya99 さん)への返信です.
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