.ヒットマンの告白 − イラン 2
投稿者: masajuly2001 投稿日時: 2005/01/20 18:48 投稿番号: [62419 / 118550]
AMY:
イランで起きたことを誰もが知っていると、あなたは言いますが、私はそうでもないと思います。シャーの時代にイランで起きたことを、またSAVAKについてお話しいただけますか。
PERKINS: いいでしょう。著書では、シャーのトップアドバイザの一人だったのですが、SAVAKから拷問を受け、シャーに反旗を翻した人物と持った会合について書いています。イランは、米国にとって重要な国でした。ロシアと国境を接するというのは非常に重要です。石油もあります。米国は原油を支配する必要がありました。米国は、何がなんでも中東の石油を支配したがっていて、シャーがこのことを実現できる人物と見ていました。
ご承知でしょうが、計画はこういうことです。シャーが、シリアやイラクをはじめとして、中東の他の国を掌握する手助けをする。ずっと後にイラクとイランの間で戦争があったことは、誰もが知っています。しかし、そもそもの当初から、このアイデアはシャーと手を組むことにあります。私たちは、シャーを支えるために私たちができることのすべてを行いました。同時に、私たちは彼がかなりのオイルマネーを持っていることを知っていたため、私たちの会社は莫大な利益を得ていました。ここでもまた、すでにお話しした土木建設会社全社と私の会社のCharles T. Main、ベクテル、ハリバートン、そして、都市の建設や電力施設の建設、高速道路の建設をたまげるほどにリッチになり、世界中にムスリムを作り出しました。
イラン人はアラブ人ではありませんが、彼らはムスリムで、中東の人々です。そして、私たちは、とんでもない数の人々を怒らせていました。今日に至ってさえ、オサマ・ビンラディンは、彼の怒りの理由の一つとして、シャーの時代に起きたことを、米国がどのようにしてMossadeqを転覆させ、シャーを取り込んだかを引き合いに出します。
AMY: Mossadeqは英国系アメリカ人を追いかけて、これは我々の石油であり、我々が支配すべきと言っただけです。英国系アメリカ人、イギリス政府は、イラク人のいかなる所有も認めませんでしたが、英国系アメリカ人が結局ブリティッシュ石油(BP)になるように強要しました。
PERKINS: その通り、その通りです。当時、イラクで掘られた石油の代金は、1ドル当たり85セントが英国系アメリカ人、すなわちBPに行っていたと思います。当然のこととして、Mossadeqはこのことに腹を立てました。資源があり、大地を掘削して資源を提供している人々が、そこから生まれるもの大半を得てはいけない理由はありません。Torrijosが後でしたように、あなたが指摘したガテマラのArbenzがしたように、さらにはチリのAllendeがしたように、Mossadeqが戦って得ようとしたことは、そういうことです。
AMY: 記憶に間違いがなければ、トルーマンはこのことに関わることを拒否しましたが、アイゼンハワーは中に入って、英国を支援する決定をしました。
PERKINS: その通りです。トルーマンは非常に誠実な態度をとりました。彼は、米国はこうしたことに関わるつもりはないと言いました。これは民主的に選出されたトップ、Mossadeqの問題で、彼がやるとおりにすればよい。米国は、民間企業の側に立った介入をするつもないはないということです。しかし、この後すぐに彼は退き、アイゼンハワーが権力の座につきました。彼は、Mossadeqを倒してシャーに置き換えるCIAの計画に協力しました。
AMY: 石油がこれほどの苦痛をもたらしている。
PERKINS: ご承知のように、石油の主な供給源になっているどの国も、一部、そうではなくなっている国もありますが、第三世界のどの国も、サウジアラビアのように苦しんでいます。それらの国にとって石油は恩恵ではありません。それらの国は、経済のトーテムポールの頂点にいる少数の非常に裕福な人々にとっての恩恵です。他のあらゆる人々にとっては、忌むべきものです。石油は世界に対する呪いです。世界がこれまでに体験した中で最悪の呪いかもしれません。私たちの環境を破壊し、世界経済の大半を破壊しています。とてつもない原住民を生活を破壊し、彼らは石油が精製する二酸化炭素が原因で窒息しつつあります。驚くべきことです。
そればかりではありません。1990年に初代ブッシュ大統領がイラクに入ったとき、米国は1日約800万バレルの石油を輸入していました。2代目のブッシュ大統領がイラクに入ったときには、50%も増えて、1200万バレルになっています。その期間の間、米国の輸入量は増加しているのです。
PERKINS: いいでしょう。著書では、シャーのトップアドバイザの一人だったのですが、SAVAKから拷問を受け、シャーに反旗を翻した人物と持った会合について書いています。イランは、米国にとって重要な国でした。ロシアと国境を接するというのは非常に重要です。石油もあります。米国は原油を支配する必要がありました。米国は、何がなんでも中東の石油を支配したがっていて、シャーがこのことを実現できる人物と見ていました。
ご承知でしょうが、計画はこういうことです。シャーが、シリアやイラクをはじめとして、中東の他の国を掌握する手助けをする。ずっと後にイラクとイランの間で戦争があったことは、誰もが知っています。しかし、そもそもの当初から、このアイデアはシャーと手を組むことにあります。私たちは、シャーを支えるために私たちができることのすべてを行いました。同時に、私たちは彼がかなりのオイルマネーを持っていることを知っていたため、私たちの会社は莫大な利益を得ていました。ここでもまた、すでにお話しした土木建設会社全社と私の会社のCharles T. Main、ベクテル、ハリバートン、そして、都市の建設や電力施設の建設、高速道路の建設をたまげるほどにリッチになり、世界中にムスリムを作り出しました。
イラン人はアラブ人ではありませんが、彼らはムスリムで、中東の人々です。そして、私たちは、とんでもない数の人々を怒らせていました。今日に至ってさえ、オサマ・ビンラディンは、彼の怒りの理由の一つとして、シャーの時代に起きたことを、米国がどのようにしてMossadeqを転覆させ、シャーを取り込んだかを引き合いに出します。
AMY: Mossadeqは英国系アメリカ人を追いかけて、これは我々の石油であり、我々が支配すべきと言っただけです。英国系アメリカ人、イギリス政府は、イラク人のいかなる所有も認めませんでしたが、英国系アメリカ人が結局ブリティッシュ石油(BP)になるように強要しました。
PERKINS: その通り、その通りです。当時、イラクで掘られた石油の代金は、1ドル当たり85セントが英国系アメリカ人、すなわちBPに行っていたと思います。当然のこととして、Mossadeqはこのことに腹を立てました。資源があり、大地を掘削して資源を提供している人々が、そこから生まれるもの大半を得てはいけない理由はありません。Torrijosが後でしたように、あなたが指摘したガテマラのArbenzがしたように、さらにはチリのAllendeがしたように、Mossadeqが戦って得ようとしたことは、そういうことです。
AMY: 記憶に間違いがなければ、トルーマンはこのことに関わることを拒否しましたが、アイゼンハワーは中に入って、英国を支援する決定をしました。
PERKINS: その通りです。トルーマンは非常に誠実な態度をとりました。彼は、米国はこうしたことに関わるつもりはないと言いました。これは民主的に選出されたトップ、Mossadeqの問題で、彼がやるとおりにすればよい。米国は、民間企業の側に立った介入をするつもないはないということです。しかし、この後すぐに彼は退き、アイゼンハワーが権力の座につきました。彼は、Mossadeqを倒してシャーに置き換えるCIAの計画に協力しました。
AMY: 石油がこれほどの苦痛をもたらしている。
PERKINS: ご承知のように、石油の主な供給源になっているどの国も、一部、そうではなくなっている国もありますが、第三世界のどの国も、サウジアラビアのように苦しんでいます。それらの国にとって石油は恩恵ではありません。それらの国は、経済のトーテムポールの頂点にいる少数の非常に裕福な人々にとっての恩恵です。他のあらゆる人々にとっては、忌むべきものです。石油は世界に対する呪いです。世界がこれまでに体験した中で最悪の呪いかもしれません。私たちの環境を破壊し、世界経済の大半を破壊しています。とてつもない原住民を生活を破壊し、彼らは石油が精製する二酸化炭素が原因で窒息しつつあります。驚くべきことです。
そればかりではありません。1990年に初代ブッシュ大統領がイラクに入ったとき、米国は1日約800万バレルの石油を輸入していました。2代目のブッシュ大統領がイラクに入ったときには、50%も増えて、1200万バレルになっています。その期間の間、米国の輸入量は増加しているのです。
これは メッセージ 62418 (masajuly2001 さん)への返信です.
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