>主役はイラクの人々
投稿者: GivingTree 投稿日時: 2005/01/18 12:15 投稿番号: [62241 / 118550]
>押し付けられた民主化でも結構うまくいった国がアジアのどっかにあったような気がする、
カカシさん、民主化は「実験」じゃない。
それが支配的であり優れているのならば、「自発的」に取り入れられるべき思想であり、優れているかどうか、国に合っているかどうかを判断するのはその国の人々です。
「押し付けられた民主化」でうまくいった例に、日本や韓国(韓国の軍事政権がCIAの暗躍によって失脚させられたのは公然の事実)があると思いますが、日本や韓国には、それぞれの国柄を反映した民主化方法が用いられている。
アメリカは当初から、日本の戦後統治をモデルとしてイラクを中東民主化のテストケースとしたいと言っていた。だがそもそもここに大きな誤算があり、日本とイラクではあまりにも違う過ぎる事がまったく視点として欠落していた。天皇という精神的支柱となる存在や、お上に忠実という当時の日本人の国民性です。
イラクには精神的支柱となる存在がない。また国民は、侵略者に名誉を汚されるくらいなら命をもいとわない誇り高い人々。
これだけのことでも、日本とイラクではまったくケースが違う。さらに、アメリカには中東で「押し付けられた民主化」に成功したケースがない。つまりモデルがない。なのに強引に日本でのやり方を踏襲しようとした。その安易な統治計画が現在に至るまでの混迷を招いた。
民主化を押し付けるくらいなら、fool-proofな緻密な計算のもとに立脚した統治計画が存在しなければならない。そのためには、イラク人の趣向・政治傾向、思想・文化的価値観などを加味した人民データが不可欠だったはず。しかしCIAにも政府にもそのようなデータはなかった。
なのにぶっつけ本番で攻撃を行い、侵攻し、統治しようとした。混迷を招いて当然の無策だった。それは、責任ある「解放者」としての姿勢ではないと思う。あまりにも無計画、無配慮、そして無知だった。
傲慢な言い方ですが、イラクにはイラクならではの有効な統治方法があったはず。そしてそれをこれまで有効に行ってきたのは、20年に及ぶ恐怖の、でも安定した国家運営を行ってきた旧フセイン政権だった。それがどれほど他国から見て悪政にしか見えなくても、マイノリティや反政府的人間に対して残虐非道が行われたとしても、イラクという国は安定していた。人々は経済的に困窮しながらも、その中で出来るかぎりの営みを享受し、家族を守り、育ててきた。それが彼らにとって不幸であったかどうかなんて、彼らにしかわからない。もしかしたら、今よりも幸せだったかもしれない。
アメリカの統治政策の賛否は、向こう20年で明らかになるかもしれない。だがアメリカの無策のために「産みの苦しみ」をイラクの人々が経験しなければならないというのは、不条理すぎる。そもそもイラクの人々はアメリカの統治を選んで受け入れたわけではなかったのだから。
フセインの恐怖政治や嘘に辟易していたからといって、じゃあ他国の、異文化の侵略統治を受け入れるかという二者択一の問題ではなかったと思う。だから、「フセイン政権下よりはましだろう」などと言う権利は誰にもないのだと思う。
選ぶのはあくまでイラクの人々。
その選び方はさまざまな形となって表れるだろう。
カカシさん、民主化は「実験」じゃない。
それが支配的であり優れているのならば、「自発的」に取り入れられるべき思想であり、優れているかどうか、国に合っているかどうかを判断するのはその国の人々です。
「押し付けられた民主化」でうまくいった例に、日本や韓国(韓国の軍事政権がCIAの暗躍によって失脚させられたのは公然の事実)があると思いますが、日本や韓国には、それぞれの国柄を反映した民主化方法が用いられている。
アメリカは当初から、日本の戦後統治をモデルとしてイラクを中東民主化のテストケースとしたいと言っていた。だがそもそもここに大きな誤算があり、日本とイラクではあまりにも違う過ぎる事がまったく視点として欠落していた。天皇という精神的支柱となる存在や、お上に忠実という当時の日本人の国民性です。
イラクには精神的支柱となる存在がない。また国民は、侵略者に名誉を汚されるくらいなら命をもいとわない誇り高い人々。
これだけのことでも、日本とイラクではまったくケースが違う。さらに、アメリカには中東で「押し付けられた民主化」に成功したケースがない。つまりモデルがない。なのに強引に日本でのやり方を踏襲しようとした。その安易な統治計画が現在に至るまでの混迷を招いた。
民主化を押し付けるくらいなら、fool-proofな緻密な計算のもとに立脚した統治計画が存在しなければならない。そのためには、イラク人の趣向・政治傾向、思想・文化的価値観などを加味した人民データが不可欠だったはず。しかしCIAにも政府にもそのようなデータはなかった。
なのにぶっつけ本番で攻撃を行い、侵攻し、統治しようとした。混迷を招いて当然の無策だった。それは、責任ある「解放者」としての姿勢ではないと思う。あまりにも無計画、無配慮、そして無知だった。
傲慢な言い方ですが、イラクにはイラクならではの有効な統治方法があったはず。そしてそれをこれまで有効に行ってきたのは、20年に及ぶ恐怖の、でも安定した国家運営を行ってきた旧フセイン政権だった。それがどれほど他国から見て悪政にしか見えなくても、マイノリティや反政府的人間に対して残虐非道が行われたとしても、イラクという国は安定していた。人々は経済的に困窮しながらも、その中で出来るかぎりの営みを享受し、家族を守り、育ててきた。それが彼らにとって不幸であったかどうかなんて、彼らにしかわからない。もしかしたら、今よりも幸せだったかもしれない。
アメリカの統治政策の賛否は、向こう20年で明らかになるかもしれない。だがアメリカの無策のために「産みの苦しみ」をイラクの人々が経験しなければならないというのは、不条理すぎる。そもそもイラクの人々はアメリカの統治を選んで受け入れたわけではなかったのだから。
フセインの恐怖政治や嘘に辟易していたからといって、じゃあ他国の、異文化の侵略統治を受け入れるかという二者択一の問題ではなかったと思う。だから、「フセイン政権下よりはましだろう」などと言う権利は誰にもないのだと思う。
選ぶのはあくまでイラクの人々。
その選び方はさまざまな形となって表れるだろう。
これは メッセージ 62238 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
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