ヒットマンの告白 − パナマ 1
投稿者: masajuly2001 投稿日時: 2005/01/15 19:54 投稿番号: [61977 / 118550]
AMY:
パーキンスさん、パナマでの経験をお話しください。あなたは、パナマのトップ、Omar Torrijosが殺される前に、彼と会う機会がありました。最終的にはどのようになったのでしょうか?
PERKINS: まあ、パナマは当時重要な国の1つで、そのときのパナマの大統領がOmar Torrijosでした。彼は、基本的に米国政府の操り人形であった長い一連の小数独裁制の独裁者の後を引き継ぎました。それらの独裁者は、米国がパナマを支配していた50年以上前に就任させた連中です。Omar Torrijosは、初めてそのサイクルを破ろうとした人物で、本当に人気の高い大統領でした。パナマばかりでなく、世界の他の多くの地域でも人気がありました。彼がノーベル平和賞を受賞すべきであったし、そうすれば彼が死ぬか、殺されることはなかった、と多くの人が考えました。彼は、どこでも弾圧された人々を守りました。
米国は当時、カーター大統領が彼と新しい運河条約の交渉を進めており、最終的にはこの条約は可決されました。しかし、このことは米国でひどく騒がれました。実際、わずか1票差で議会を通過し、運河条約の批准になりました。そこで実際には、私たちエコノミック・ヒットマンはその経過の先のこと、すなわち、運河条約がどうなろうと、どうやってパナマを仲間に引き入れられるかを考えていました。1972年に条約が結ばれる前から私はパナマにいて、Torrijosの説得を試みていました。彼に会おうとしていました。彼を理解しようとしていました。ほかの誰にもそうしたように、彼を釣ろうとしていました。
彼は、ある日私邸のバンガローで会えるように手はずを整えてくれました。、このこと、そのときの会話の内容は、本の中で詳しく書いています。しかし、基本的に彼が私に言ったことは、いいかい、私はあなた方がやっているゲームを知っている。ここで何をしようとしているか理解している。あなた方は、我々に莫大な借金を負わそうとしている。パナマを完全に米国に依存させようとしている。私を買収しようとしている。このゲームがどんなものか私は知っている。私はやらない。私には、そんなカネは必要ない。ゲームから自分が裕福になろうと思わない。私は、貧しい国民を助けたい。米国がすることになっているプロジェクト、他の国でやったプロジェクトをやって貰いたい。しかし、それは貧しい国民のためで、裕福な者のためではない。そしてTorrijosは言いました。そうしてくれるなら、私が責任を持って、米国そして米企業がこの国でもっと多くの仕事が得られるようにする、と。素晴らしい仕事は私の国民に役立つ、と。
実際には、これは私の仕事と相いれないことでした。エコノミック・ヒットマンとしての私は、彼を米国の支配下に置くことですし、彼を釣り上げることでしたから。エコノミック・ヒットマンとしては、Torrijosと気持ちが通じ合えないことは明らかですが、仕事仲間として、また会社の主任エコノミストとして、私は会社のために仕事を得たいとも考えていました。こうして、私は彼に協力しました。
当時、私が深く懸念していたことがあります。それは、このエコノミック・ヒットマンというシステムが、Torrijosのような指導者は落としやすい、そしてたいてい世界中どこでも指導者はそんなものだということを前提にしていることでした。Torrijosのようにこのシステムに立ち向かう者が現れたとき、米国が自分たちの思い通りにやれない国になる危険性があるばかりでなく、世界中の他の国にも非常に悪い見本になると可能性があります。実際、その当時、もう一つ刃向かう指導者が存在していました。それが、エクアドル大統領のJaime Roldosです。彼らはともに、米国政府に立ち向かっていたのです。ともに石油企業、エコノミック・ヒットマンに立ち向かい、私には非常に大きな心配事になっていました。頭の中で、このことが続いたら、あることが起きずにはすまない、ことは解っていました。とうぜん、それは起きました。二人はともに、私たちは呼ぶところのジャッカル、CIA認定の暗殺者によって暗殺されたのです。
PERKINS: まあ、パナマは当時重要な国の1つで、そのときのパナマの大統領がOmar Torrijosでした。彼は、基本的に米国政府の操り人形であった長い一連の小数独裁制の独裁者の後を引き継ぎました。それらの独裁者は、米国がパナマを支配していた50年以上前に就任させた連中です。Omar Torrijosは、初めてそのサイクルを破ろうとした人物で、本当に人気の高い大統領でした。パナマばかりでなく、世界の他の多くの地域でも人気がありました。彼がノーベル平和賞を受賞すべきであったし、そうすれば彼が死ぬか、殺されることはなかった、と多くの人が考えました。彼は、どこでも弾圧された人々を守りました。
米国は当時、カーター大統領が彼と新しい運河条約の交渉を進めており、最終的にはこの条約は可決されました。しかし、このことは米国でひどく騒がれました。実際、わずか1票差で議会を通過し、運河条約の批准になりました。そこで実際には、私たちエコノミック・ヒットマンはその経過の先のこと、すなわち、運河条約がどうなろうと、どうやってパナマを仲間に引き入れられるかを考えていました。1972年に条約が結ばれる前から私はパナマにいて、Torrijosの説得を試みていました。彼に会おうとしていました。彼を理解しようとしていました。ほかの誰にもそうしたように、彼を釣ろうとしていました。
彼は、ある日私邸のバンガローで会えるように手はずを整えてくれました。、このこと、そのときの会話の内容は、本の中で詳しく書いています。しかし、基本的に彼が私に言ったことは、いいかい、私はあなた方がやっているゲームを知っている。ここで何をしようとしているか理解している。あなた方は、我々に莫大な借金を負わそうとしている。パナマを完全に米国に依存させようとしている。私を買収しようとしている。このゲームがどんなものか私は知っている。私はやらない。私には、そんなカネは必要ない。ゲームから自分が裕福になろうと思わない。私は、貧しい国民を助けたい。米国がすることになっているプロジェクト、他の国でやったプロジェクトをやって貰いたい。しかし、それは貧しい国民のためで、裕福な者のためではない。そしてTorrijosは言いました。そうしてくれるなら、私が責任を持って、米国そして米企業がこの国でもっと多くの仕事が得られるようにする、と。素晴らしい仕事は私の国民に役立つ、と。
実際には、これは私の仕事と相いれないことでした。エコノミック・ヒットマンとしての私は、彼を米国の支配下に置くことですし、彼を釣り上げることでしたから。エコノミック・ヒットマンとしては、Torrijosと気持ちが通じ合えないことは明らかですが、仕事仲間として、また会社の主任エコノミストとして、私は会社のために仕事を得たいとも考えていました。こうして、私は彼に協力しました。
当時、私が深く懸念していたことがあります。それは、このエコノミック・ヒットマンというシステムが、Torrijosのような指導者は落としやすい、そしてたいてい世界中どこでも指導者はそんなものだということを前提にしていることでした。Torrijosのようにこのシステムに立ち向かう者が現れたとき、米国が自分たちの思い通りにやれない国になる危険性があるばかりでなく、世界中の他の国にも非常に悪い見本になると可能性があります。実際、その当時、もう一つ刃向かう指導者が存在していました。それが、エクアドル大統領のJaime Roldosです。彼らはともに、米国政府に立ち向かっていたのです。ともに石油企業、エコノミック・ヒットマンに立ち向かい、私には非常に大きな心配事になっていました。頭の中で、このことが続いたら、あることが起きずにはすまない、ことは解っていました。とうぜん、それは起きました。二人はともに、私たちは呼ぶところのジャッカル、CIA認定の暗殺者によって暗殺されたのです。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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