対イラク武力行使

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視聴者が求めているから

投稿者: welcome2thecivilization 投稿日時: 2004/12/23 20:18 投稿番号: [60285 / 118550]
その話で私が思い出したのが、和歌山毒入りカレー事件のときに、林真須美被告が報道陣にむかってホースで水を掛けるシーンを、まるで復讐するようにTBSが繰り返し放送していたことだ。そして今日もどこかで、記者たちが、会見席に向かって罵声を浴びせていることだろう。
  私は確信している。大手マスコミの記者は、自分たちのことを『神』とは言わないまでもそれに準ずる兵隊ぐらいには、きっと考えているに違いない、と。しかし、

>「おめぇらのマスターベーションに付き合うほど視聴者は暇人じゃ、ねぇっての!」。その取材合戦を、ご丁寧にもさらに番組を組んで、自慢たらたらで放映する。「てめぇら狂ってる!」としか言いようがない。

は浅はかだ。時にマスターベーションとも映るマスコミの暴力は、テレビ局も営利団体である以上、スポンサーの意向──視聴率その材料でしかない──を反映したものであり、有り体に言えば、それを視聴者が求めているからに他ならない。

視聴者は、見たがっているのだ。視聴者にとって、画面の中で争っているのがアメリカとイラクであろうが、イスラエルとアラブであろうが、国防総省とCIAであろうが、ウヨ虫と馬鹿サヨであろうが、朝日と読売であろうが、問題にならない。

マスコミがスクープなどと「自慢たらたら」するのは、報道者と視聴者の需要と供給の範囲内の出来事に過ぎない。お笑いタレントが楽屋落ちで悦に入るのと、同じだ。

ある人間にとっては「テロリスト」という言葉が興奮剤である。人によって「ネオコン」「三馬鹿」「平和ボケ」など、興奮剤にも色々な種類があるようだ。そして、それらの要求に応えるのが、マスコミの役目だ。偏向報道は、ニーズの傾向を反映しているだけだ。

WTCが崩れ落ちた当初、推定死亡者数が6万人だったのに、最終的な報告では3千人だったと知った時、ガッカリしなかったか。何故イラク情勢の報道で、ことさら死亡者数が取り沙汰されるのか?
死亡者数で戦争の悲惨さが計れるものではないし、ましてや作戦の成功か失敗かのバロメーターにはならない。戦争を避難する目的であれ肯定する目的であれ、それは取材者の興味=視聴者の興味を「報道」という美名によって装飾するための言い訳であろう。死んだ人間にとって、自分以外に何人が犠牲になったかなど、どうでもいいことだ。
中東が平和になったら、アメリカの有力営利団体も困るだろうが、マスコミも困るに違いない。そして、平和主義を標榜しているお茶の間の視聴者さえも、さぞや寂しい思いをすることだろう。



追記;インターネットにあるものは、報道ではない。偏った主張が個々UPされているだけだ。
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