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nemuronosannmaくん

投稿者: zionisatou2 投稿日時: 2004/12/21 21:29 投稿番号: [60143 / 118550]
君の挙げる「哲学」は、最初に西周によって、「希哲学」と訳された。
残念ながら明治時代に訳されたのではなく、江戸の文久二年が初出らしい。


(以下はネット検索からの要約・引用)
○希哲学http://www.ff.iij4u.or.jp/~yyuji/yakuji.html

ギリシア語の、フィロ(=愛する)、ソフォス(=知恵)、に対して
希(=愛する)、哲(=知恵)という漢語を対応させて、
翻訳した。
「希哲学」という訳語は、周惇頤(しゅうとんい、1017-1073)の書いた、『通書』志学章第十の「聖希天、賢希聖、士希賢」という言葉に由来している。
西周は、「士は賢を希(こいねが)う」という言葉から転用させ、つまり「希賢」という言葉を一ひねりして、「希哲」という言葉を作り、フィロソフィーの訳語「希哲学」とした。

>>>>>要約・引用終わり

「哲学」の語は、nemuronosannmaくんが主張するように、外来語(カタカナ言葉)「フィロソフィー」の読み替えとして、考え付いたというような簡単なものではない。

そもそも中国の儒学に対する深い理解、それこそ哲学的素養がなければ、なされえなかった翻訳言葉である。

「自由」「経済」の場合は、もともとは漢語(中国語)そのもの。
明治期、多くの西洋の外国語は、ほとんどすべて漢語(つまり東洋の外国語)を使って翻訳している。


今回朝ラーメン・生ゴミとの論争の最初の最初は、生ゴミの次の言葉に始まる。

再掲してみると
>言語はその国の、その民族の文化そのものであるため、どんな民族でも母語を大切にし守ろうとしている。
>また中国もフランスも新語はしっかりと母語に訳しその文化を守ろうとしている。http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5a2a5aa5ja5aba4na5a4a5ia5af967ba4ra 4ia4a6bbwa4a6a1aa&sid=1143582&mid=61982


明治期の翻訳文化は、西洋の新しい文化・技術を、東洋の外国語を使い、また場合によっては新造語を作り、導入された。
その真面目は、生ゴミが主張するような、古来からの大和言葉の墨守ではなく、常に新しい異文化の摂取する、進取の気性に富む精神にある。

明治期こそ外来文化の花咲いた時期であり、新しい言葉の輸入と自己文化の解体再構築の大変動時代であった。

生ゴミや、その擁護論を展開する朝ラーメンの保守的・墨守的態度では、とても明治期の文化を語る資格もないし、理解することもできないだろう。

もちろん君も類は友というところなんだろうが。
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