『 原爆の絵 』 に込められた想い
投稿者: yugafee 投稿日時: 2004/12/21 11:45 投稿番号: [60100 / 118550]
NHKラジオ『 日曜訪問 』〜 日本学術振興会特別研究員の直野章子さんのお話し。
昭和49年、NHK広島放送局が被爆直後の広島の惨状を絵で残そうと呼びかけました。集まった絵は2000点以上。直野さんは博士論文執筆のため、これらの絵の作者にインタビューしました。そのときの様子のお話しです。
直野さんはおじいさんを原爆で亡くされ、お母さんも被爆されるという、“ 被爆二世 ” です。
@絵の解説の最後に、「 合掌 」 と書かれたものが多い。
@救護所で治療を受ける被爆者に毛布が掛けられている絵があるが、実際は、毛布なんて掛けられていなかった。事実をそのまま描くにはあまりにもムゴ過ぎるので、せめて絵の中だけでも毛布を掛けてあげたかった。
@鉛筆で下書きをして、後から色をつけようと思ったが、赤い血の色を塗ることができなかった。
@被爆者は、誰にも看取られることも無く、人間として死んでいくことさえできなかった。肉親がどこに埋葬されたのかも分からなかった。
@インタビューの後に、「 ありがとう 」 と声を掛けて下さる被爆者が多かった。被爆の記憶は忘れたいと
思っていたが、残された時間がいくらも無いので、誰かに話しておきたかったのだろう。
@原爆の残酷さは 「 遭うた者にしか分からん 」 と言う被爆者が多かった。頭で分かっていても、本当に理解するには自分自身が実際に原爆の被害に遭うしかない。被爆者との間には溝があるのは確かだが、それを埋めるということは再び原爆を落とすということであり、その溝は埋めて欲しくないと思っているのだろう。
@今まで家族にさえ原爆の話をすることがなかった。それは家族がキチンと聞いてくれなかったためである。
来年朝鮮半島に、地下施設を破壊するための核ミサイルを配備する計画があるとか。平和への願いむなしく、世界は核の脅威にさらされ続けるのか?
あのキノコ雲の下で、いったい何が起きたのかよ〜く考えておくれ。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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