なし崩し的容認
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/12/09 00:35 投稿番号: [59246 / 118550]
アメリカのイラク侵攻と言う、非常に問題のある未だに解決されない疑問をそのまま残したまま、たった一年半で、もう、「過去のことは忘れて、将来のためのことを考えることの方が大事だ。」と言うようなことになってきている最近のこのトピの状況は、いったいどうしたことだろう?
またまたいままでの日本の通ってきた道と同じことを繰り返しているけど、この国の「ワケシリ顔な奴ら」は、反省とか、過去に習うとか言うことはできないのだろうか。
結局いつもどおり、「国益を考えたら、多少の欺瞞も許すことが結局日本や、世界平和のためだ。」と言うような、短絡的な打算が蔓延って、そのつけを結局恒久的なものに、将来の子供達の問題へと先送りしてしまう。
なんでここでけりを付けるべきところ、つけられる部分に関しては、きっちり白黒をつけておく必要性を感じないのだろうか?どうしてわずか一年半にしてうやむやにしてしまうと言うような考え方を支持できてしまえるのだろうか?
加害者側のアメリカやそれに無批判に追随する日本はそのことを忘れても、傷つけられたアフガンや、イラクの人たちは、私達の反省を感じるまでほぼ恒久的に私達に対して心を許さないだろうし、敵対心を持つことになるだろう。
そのくせ、「いまの日本の矛盾は、結局第二次世界大戦の戦後処理をキチンとしてこなかったからだ。」と言う反省をいつまでも抱えながら解消できないと言うジレンマの中で、次々と繰り返される既成事実の容認を迫られて、それを国益と言うもののために次々と許容してきたと言う、非常に矛盾した鬱々たる日常を送ってきたのが、いまの日本の状態ではなかったのだろうか?
やっぱりどんなに新しく国際法なんか作っても同じだよ。
この法律をアメリカが従う、もしくは従わせる方策と言うものがない限り、結局それは「絵に描いた餅」でしかないだろう。笑わせんな!詭弁だよ。
※結局「大義なきイラクへの侵略戦争」は、結局圧倒的武力のもとになし崩し的に容認されつつあるんじゃないか。・・・・おろかだよなあ・・・・。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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