人類再編成の可能性
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/12/05 23:14 投稿番号: [59034 / 118550]
先日の今西さんの「私の自然観」からの引用です。
*****************************
「たとえばエスキモーの文化は、彼らが適応した極北の自然環境を考えるかぎり、それ自身として非の打ちどころなく完成した文化である。それと同時に、この環境を考えるかぎり、そこでエスキモー文化が、他の力を借りなくともひとりでに、いつかはヨーロッパ文化にまで進化する、と言うことはありえない。エスキモー文化もヨーロッパ文化もその他のさまざまの文化も、そういう意味ではどちらが遅れ、どちらが進んでいるともいえない対等の存在である。」
*****************************
イヌイットの人達の生活と、アメリカ人の生活を比較すると、たとえばアラスカにおいてはイヌイットの生活はほぼ完ぺきに文化的に円熟しているわけである。イヌイットの文化は、たとえば彼らの生活のままでその環境の変化がなければ、一定地域内で百年でも千年でも継続できる可能性を持っていると考えられると言う意味で、ほぼ完成しているのであると言っていいと思う。そこに、欧米の文化を持ってくるとしよう。彼らの文化の多くは、その限定された地域内では完結できない。家を立てるにも、コンクリートを持ってきて、鉄筋を作って、暖房設備を持ってきて、そこに必要な全てのエネルギーも限りあるものであり、しかも他地域から取り寄せなければ彼らの文化生活自体が成り立たない。
では、これが地域を限定しないで、全世界的な相互関係として成り立ちうるのか?といえば、以前は出来うると考えられていたのだろうが、ここのところ、どうやら彼らの文化は、その環境がどうであろうと、彼らの文化だけの総合体ではたぶん完結出来えないということが(まあかなり以前から)わかってきた。
つまり今西さんがお書きになっている以上に(漠然とお感じになってはいたようだが)欧米の文化は他文化と比べて未成熟であり、脆弱であることがさまざまな側面から認識されつつある。
そして、この世界情勢を考えてみれば、この脆弱な文化を必死で守ろうとすれば、他地域、他民族を抑圧することで補うしか方法が残されていないところまでにその状況は悪化してしまっているようだ。
そしてこれは、先に権利を取得したものが優先的に生き残れるというようなものではない。この欧米の文化は、他民族を抑圧し、その文化ごと抹殺してしまいながら、より単一文化に統一されながら、やがて人類を滅亡の世界へと導いていく・・・。
私たちは今そういう危機的な文化的世界の中にいることを認識するべきではないだろうか?
以前私が書いた今西さんの引用の中では、その世界的な人類の滅亡の筋書きにおいて、もう一度リセットできる状況としての人類再編成の可能性を、彼はアフリカに求めていた。
私は、この日本の地においてそれが実現できるようにと願っている。
・・・しかし、「繁栄の恩恵」などというものを有り難がって後生大事に、捨てられない、捨てようともしない連中のせいで、結局日本は滅亡への道を邁進することだろう。
*****************************
「たとえばエスキモーの文化は、彼らが適応した極北の自然環境を考えるかぎり、それ自身として非の打ちどころなく完成した文化である。それと同時に、この環境を考えるかぎり、そこでエスキモー文化が、他の力を借りなくともひとりでに、いつかはヨーロッパ文化にまで進化する、と言うことはありえない。エスキモー文化もヨーロッパ文化もその他のさまざまの文化も、そういう意味ではどちらが遅れ、どちらが進んでいるともいえない対等の存在である。」
*****************************
イヌイットの人達の生活と、アメリカ人の生活を比較すると、たとえばアラスカにおいてはイヌイットの生活はほぼ完ぺきに文化的に円熟しているわけである。イヌイットの文化は、たとえば彼らの生活のままでその環境の変化がなければ、一定地域内で百年でも千年でも継続できる可能性を持っていると考えられると言う意味で、ほぼ完成しているのであると言っていいと思う。そこに、欧米の文化を持ってくるとしよう。彼らの文化の多くは、その限定された地域内では完結できない。家を立てるにも、コンクリートを持ってきて、鉄筋を作って、暖房設備を持ってきて、そこに必要な全てのエネルギーも限りあるものであり、しかも他地域から取り寄せなければ彼らの文化生活自体が成り立たない。
では、これが地域を限定しないで、全世界的な相互関係として成り立ちうるのか?といえば、以前は出来うると考えられていたのだろうが、ここのところ、どうやら彼らの文化は、その環境がどうであろうと、彼らの文化だけの総合体ではたぶん完結出来えないということが(まあかなり以前から)わかってきた。
つまり今西さんがお書きになっている以上に(漠然とお感じになってはいたようだが)欧米の文化は他文化と比べて未成熟であり、脆弱であることがさまざまな側面から認識されつつある。
そして、この世界情勢を考えてみれば、この脆弱な文化を必死で守ろうとすれば、他地域、他民族を抑圧することで補うしか方法が残されていないところまでにその状況は悪化してしまっているようだ。
そしてこれは、先に権利を取得したものが優先的に生き残れるというようなものではない。この欧米の文化は、他民族を抑圧し、その文化ごと抹殺してしまいながら、より単一文化に統一されながら、やがて人類を滅亡の世界へと導いていく・・・。
私たちは今そういう危機的な文化的世界の中にいることを認識するべきではないだろうか?
以前私が書いた今西さんの引用の中では、その世界的な人類の滅亡の筋書きにおいて、もう一度リセットできる状況としての人類再編成の可能性を、彼はアフリカに求めていた。
私は、この日本の地においてそれが実現できるようにと願っている。
・・・しかし、「繁栄の恩恵」などというものを有り難がって後生大事に、捨てられない、捨てようともしない連中のせいで、結局日本は滅亡への道を邁進することだろう。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/59034.html